「WTWオンラインエッセイ」
【第20巻の内容】
「アベノミクスの総括を」
「だからなにも変わらない、から」
「Windows10」
「ナショナリズムは何故悪いのか」
「日本経済は本当にやばいッス」
「可愛いだけじゃ駄目なんです」
「不寛容社会」
「少女たちの地獄」
「舛添の目つぶし効果」
「瀧水寺の美術展」
「参院選に立ち込める暗雲」
「ブログジットとその影響」
「諸悪の原因は格差にあり」
「冗談は顔だけに」
「風呂のようで風呂でない」
456.アベノミクスの総括を。 2016/6/5
アベノミクスを分かり易く解説した記事がありました。
http://toyokeizai.net/articles/-/120362
ちなみに要点を抜き出すと、
(1)円安により企業収益が増えたとしても、実質賃金が下がるため国内の消費は冷え込んでしまう。
(2)大企業と中小零細企業、大都市圏と地方といった具合に、格差拡大が重層的に進んでしまう。
(3)米国を除いて世界経済が芳しくない見通しにあるので、円安だけでは輸出は思うように増えない。
(4)労働分配率の見地から判断すると、トリクルダウンなどという現象は起きるはずがない。
これが金融緩和に依存しすぎた政策の末路です。後は本記事をお読みください。今後の経済や投資活動の参考になると思います。
以下は関連記事です。
・アベノミクスの3年。資産、所得の二極化進む。
http://this.kiji.is/111735528899020280?c=39546741839462401
・恵まれた人が更に恵まれただけ。
http://www.asahi.com/articles/ASJ647FQGJ64UTFK00J.html?iref=comtop_list_pol_n03
・サミットで3日使用の建物。建築費28億、解体費3億。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160604-00010002-bfj-soci
・衆院、ファーストクラス使用を解禁。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016060490065903.html
457.だからなにも変わらない、から 2016/6/9
私がほぼ価値観を共有出来る市井のコラムニストが室井佑月です。
「だからなにも変わらない」
…会見にはたくさんののメディア関係者が集まり、記者は嬉々として舛添さんを追及しておった。この人たち、石原慎太郎さんのときはなにをしてたの?
石原さんはガラパゴス諸島にクルーザーを出した豪華視察をしていたり、都庁に週2、3日しか出てこなかったり。
石原さんにはなんにもいえなくて、舛添さんは叩きやすいっていう話なら、メディアの正義ほど当てにならないものはない…
…あたしたちの血税を、自分の金と勘違いしている輩がつぎつぎにわいてくる。そういう輩が国や地方自治体の予算を決めたりする。自分の無駄使いを棚上げして、予算が足りないなどと、あ
たしたちにいう。
「週刊文春」が舛添さんのスクープを上げたなら、他所はほかの政治家の疑惑を取り上げていくべきだろう。
… 賄賂を指摘され睡眠障害になった甘利さんはその後どうなった? 闇ガネ925万円で刑事告発されている、高市総務相は?
パナマ文書の暴露で、金持ちの莫大な税金回避が発覚したわけだけど、これをそのままにしておく気か?
東京オリンピックに関して、どんな金がどんな風に使われたのか?
そうそう、5月20日発行の日刊ゲンダイには、「自民党政治資金 谷垣幹事長に8億円つかみガネ 税金から身内企業へ193億円」なんて驚愕する記事が書かれていた。
格差は広がり、一部の特権階級の人々しか良い目を見ていない事実が露になってきた。そこで、舛添さんが目くらましやガス抜きのように使われている。
…舛添叩きでほっと一息ついている人は誰?
彼らが与えてくれるいけにえに、飛びついて喜ぶばかりでいいのですか?
だから、なにも変わらない。
むろい・ゆづき 作家。1970年、青森県生まれ。
2016.6.10
458.Windows10 2016/6/9
久しぶりにIT道場です。
Windows10への無償アップグレードが始まってからほぼ1年が経ちました。
7/29までは無償でアップグレードが可能で、7/29を過ぎると19000円掛かります。
以下はいつものように、あくまでITの素人の意見ですので、その点を考慮頂いた
上でお読み下さい。
皆様のPCの画面にしょっちゅう出ていた、アップグレードのお勧めメッセージが
最近変わりました。以前のお勧めから、このままではアップグレードすることに
なりますがいいですねという半分脅迫めいた通告に変わりました。
ここで重要(または迷惑)なことは、メッセージを画面から消す(バツを押して
見えなくする)だけでは、アップグレードを拒絶したことにはならない事です。
しかも、どこかでうっかり操作しており、インストールはしないまでも、ダウンロード
だけは済んでいるという場合もあると思います。
マイクロソフトのW10の売り文句は、セキュリティの強化ですが、
ここに落とし穴があって、既にウイルス対策ソフトをインスト―ル
している人は、そのソフトを止めない限り、W10のセキュリティ機能は
使えません。即ち二者択一なのです。
W10のメリットは、処理が速くなったことだと思っています。
またソフトというものは改良されるたびに完成度が高くなるので、
新しい物の方が全体的に優れているはずです。とは言えWindowsにも失敗作は
あって、その典型がやたら重くて遅かったビスタです。
また多分これもマイナス面なのでしょうが、8から使い勝手が大きく
変化しました。10は7からも移行出来ますが、基本的には8の改良版で
8を使っていた人なら、余り抵抗感はないと思います。
7から8への移行で何が大きく変わったかと言うと、それはタッチパネル操作が
可能になったことです。無論その機能も、タブレットか、パネル付きのPCで
ないと動かないのですが、これはマイクロソフトとしてはどうしても
実現したい機能でした。それは、それまでタブレット市場でのiPadの進撃を
ただ指をくわえて見ていなければならなかったからです。
という事から、タブレットでなくても、W10の最初の画面にタイルが並ぶことに
なったのです。無論、皆様のPCにタッチパネルが付いていなくても、マウスで
タイルをクリックすれば、アプリが起動することは言うまでもありません。
W10の最大の問題点は7で動いていた一部のソフト、ハードが動かなくなることです。
ハードの場合は、W10向けのドライバーをハードのメーカーのサイトから
ダウンロードすることで対応出来ますが、古い機種ではW10用のドライバー
そのものが用意されていない事があります。
皆様が最も使う接続機器はプリンターだと思います。もしそれが旧機種で、W10用の
ドライバーが用意されていない場合は、プリンターを買い替えるか、W10を
7に戻すしか方法はありません。私はこの機会に買い替えをお勧めしたいと
思いますが、後で気が付いて悔しい思いをするくらいなら、今のうちに
プリンターメーカーのサイトに行って、W10で動くかどうかを、
予め確かめて、覚悟だけでもしておくことをお勧めします。
・Windows10アップグレードの予約をキャンセルする方法。
https://121ware.com/qasearch/1007/app/servlet/relatedqa?QID=017897
・表示の変更。
http://freesoft.tvbok.com/win10/upgrade_tips/cancell_upgrade_2016_04.html
これまではどうしますかという聞き方だったのが、何月何日にアップグレードしますよ
という通告に変わりました。ここが世界中でマイクロソフトが批判されている理由です。
なおさすがに未だウィンドウズの自動更新の対象にはなっていませんが、マイクロソフト
としては本当はそうしたいところでしょう。でもそう都合よくは行きません。未だに
ウィンドウズのユーザーの半数近くが7を使っているからです
ところで10では、メールソフトのWindows Liveメールが使えなくなります。8でも同様に
使えなくなります。後継ソフトは10についてくるWindows10メールです。Liveメールから
データの移行は不可能とは限らないようですが、多分素人の不慣れな人の手は余ると思います。
・データ移行の手順
http://www.ikt-s.com/wlm_to_windows10_mailapp/
即ち7から10への移行はバラ色一色と言う訳にはいかないという事です。
しかもこれ以上マイクロソフトの都合に振り回されるには気が進まないという
ユーザーも中には居るはずです。
その場合は、メールソフトをこの際思い切って変更するという選択肢が
あります。私は8にした時から、OutlookとGメールにしています。
前者は、Officeの一部なので、Windowsが変わっても、互換性が維持
されるという期待があること、Gメールは軽いことと、スマホでも受信でき、
またアドレス帳もスマホと共有出来る為です。私自身では使ったことがないので、
無責任なコメントになりますが、無料ソフトのThunderbirdを使う人もいるようです。
・Liveメールから10メールへの移行の経緯
http://answers.microsoft.com/ja-jp/windowslive/forum/livemail-wlsettings/windows-live/8bc020f5-1cd3-48c7-903b-224f9d487afb
2016/6/11
今回はソースネクストと言う会社のメルマガから一部を紹介します。
(以下引用)
最新OS「Windows 10」への無償アップグレードについてマイクロソフト社の最新OSのWindows 10は、無期限のOSです。以降、新しいWindowsが出ることはなく、アップグレードすると、今後は常に最新の状態になります。
自動で予約され、アップグレード
Windows 10へのアップグレードは、Windows Updateを通じてWindows8.1/7のパソコンに対し、Windows 10へのインストール要件を満たす場合には、自動で予約日時を表示し、特別に操作変更しない限り、その通り実行されます。
早くアップグレードしたい場合は自分でアップグレードも可能。デスクトップ右下のシステムトレイに表示されているWindowsアイコンをクリックし、「今すぐアップグレード」を選択すると実行されます。
戻したい時には、元のOSに戻せる
OSをアップグレードすると、これまで使っていたソフトやドライバなどが新しいOSに対応しておらず、不具合となることがあります。
そんな時のために、アップグレードされたWindows 10を使ってみて、どうしても元に戻したい場合は、1カ月以内なら元のOSに戻せるようになっています。
(引用終わり)
同社の関連記事
https://www.sourcenext.com/contents/win10/
459.ナショナリズムは何故悪いのか 2016/6/14
かくして世界中が偏狭なナショナリズムに染まってゆくのでしょうか。他人や他国のために、なぜ自分や自国が犠牲にならなければならないのか。そういう屈折した思いが、被害者意識に変わる。それがやがて利害だけを問題にした世界規模の紛争に発展しないと誰が言い切れるでしょうか。ナショナリズムが悪いのは本質的に偏狭で、許容度が低い(不許容)からです。
460.日本経済は本当にやばいッス 2016/6/14
皆さん、分かってんのかなあ。いま日本はチョーやばいのです。何故かというと、もはや天然嘘つきの安倍首相でさえ、隠しきれないくらい経済がおかしくなってきているからです。
安倍政権のその場しのぎに過ぎなかった経済・財政政策はむろん問題ですが、経営そのものも問題です。いやむしろ大問題です。内需拡大と専門家がいくら言っても、安易な円安により掛かるだけ。資本家も経営者も現状に安住し、銀行もそれを良しとした。やったことは内部留保を(多分円高に備えて)ため込むことでしかありませんでした。海外でのM&Aに投資した企業もあったが、うまくいったという話は聞いていません。ビジネスの王道たる新市場と新製品の開拓には殆ど興味を示しませんでした。宇宙でも、バイオでも、自然エネルギーの分野でも、やることは山ほどあったのにです。燃料電池車も、自動運転も従来の技術の延長線であり、5年前からとっくに予測されていたものです。
為替差益などは、円が上がればあっと言う間に消し飛んでしまいます。その時は膨大な内部留保を使うことで多分大損はしないのでしょうが、企業活動としては空白の5年間が残ることになる。大企業でも、いや多分大企業だからこそ、自己否定とは無縁なのかもしれない。果てはワンマン経営者とごま擦り役員が、粉飾決算はもとより、違法行為さえ容認黙認するほど堕落、腐敗していたのです。むろんこの現象は日本だけでなく、世界中で起きていました。彼らの共通点は、ひたすら既得権に胡坐をかいてきたことです。何故そんな【貪欲】で【無能】な連中にお任せして安心していられたのか。私は従業員の気持が理解できません。企業の将来に不安を感じてしかるべきだし、何故、お言葉ですがとご意見ができなかったのか。でもワンマン経営者にそんなことをすれば、良くて左遷か、悪くすればクビです。それはよく分かります。そういうときに、基本的に弱い立場の従業員に出来ることは、自分が本当に信頼できる上司につくことくらいしかありません。
私も多くの人に接する機会がありました。中には大臣も、大企業の創業者もいました。その結果、その人間がどれほどのものかは、3分も話せば分かるようになりました。また不思議なことに。こりゃダメだと思う人は、顔に出てしまうらしく、たいていこちらも嫌われました。それでも相手のことが分かっていて任せるのならまだ覚悟のしようもあるのです。顔を見たこともない人を、無条件に信用できる根拠が私には分からないのです。しかし現実に、たとえ経営者が気にいらないからと言っても、何ができるかというと、それは限られます。それでも、仮に今はどうすることができなくても、人と社会を正しく見て判断できる目だけでも養っておけば、いずれ環境が変わったときに、その経験と知識が役にたつでしょう。
このなんでもお任せ、長いものに巻かれろという態度は、政治に対しても同じことが言えます。その結果が、安保法制であり、現在の日本経済なのです。でもこの思考放棄の選択(というより無選択)は、自分自身にとっても、自分の子孫たちにとっても、無責任な態度とは言えないでしょうか。言うか言わないかは別の問題としても、批判精神だけは心の中に持ち続けること。それしか、我々が自分の手で日本の政治と経済を良くする方法はないのです。
・日本の企業競争力、世界27位。
http://www.msn.com/ja-jp/news/money/%e3%80%8c%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e4%bc%81%e6%a5%ad%e7%ab%b6%e4%ba%89%e5%8a%9b%e3%80%8d%e3%81%8c%e4%b8%96%e7%95%8c%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%af27%e4%bd%8d%e3%80%82%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e3%80%81%e9%9f%93%e5%9b%bd%e3%81%ab%e3%82%82%e8%b2%a0%e3%81%91%e3%81%9f%e7%90%86%e7%94%b1/ar-AAgXjNC?ocid=spartandhp#page=2
(寸評:これこそ大問題。構造改革を怠ってきたツケで、間に合わせの金融政策でどうにかなる問題ではありません。とりわけ経団連には重大な責任があります。これだけ大企業の企業倫理が問題を引き起こしているのに、経団連は知らぬ顔どころか反省のハの字もない。経営者の質の低下は昨日今日始まった訳ではないでしょう。とりわけ経団連の前会長は、政治に首を突っ込むよりほかにすることはなかったのか。NHKの会長人事にも疑念を持たざるを得ない。晋三の取り巻きでも最悪の一人だと私は思います)
・円高、105円台。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160614-00000001-reut-bus_all
(寸評:マジで日本経済が心配になってきました。アベノミクスが円安によりかかっていただけの張り子のトラだったことは既に共通認識ですが、日本の企業力に明るい材料がないからです。エアバッグのタカタや三菱、スズキをはじめ、独占=経営者の独裁、寡占の弊害が、製造、流通を問わず、至るとことで噴き出しています。それに輪をかけているのが報道=特にNHK、の堕落と、行政機関=警察の不祥事、財務官僚のパナマ疑惑等々、の質の低下です)
461.可愛いだけじゃ駄目なんです。 2016/6/15
・LINEの海外展開。かわいいは無力。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160614-00010991-wsj-bus_all
批評:かわいいというのは日本特有の異常ともいえる現象です。漫画の影響で世界に浸透しつつあるものの、それが標準的な価値でもなく、特に米国ではショービズの世界でさえ、まともに相手にされません。日本でも以前はそういう傾向をロリコンと呼んでおり、更に昔はカマトトなどという言葉もありました。私は商業的なAKBや萌え萌え系の演出がチョー苦手です。どう相手したらよいのかさえ分かりません。子どものふりをする大人のどこに価値を見出したらいいのかさっぱり分からないからです。男も女も(精神的にという意味で)大人になって初めて存在感が生まれます。さらに言えば、人間本来の長所である可愛げというものは、外観や仕草とは全く別物なのです。
462.不寛容社会。 2016/6/15
NHKが不寛容社会をテーマにした特番を放映しました。その番組を見て感じたことは、自由な発言の場は死守しなければならないが、ただ感情を爆発させただけで問題解決にはならないということです。なぜそれがあってはならないことなのか、ではどうすればいいのか、を実名で提言することで、初めてその意見が意味を持つのです。言いたいこと言ってうっぷんを一時的に晴らしたとしても、それで世界が変わるわけではありません。相手を説得し、仲間を増やすことの方が重要です。そのためには言葉を選ぶ必要があります。というわけで今日からWTWも少しずつトーンを変えてみようと思います。ただしエッセイは個人の主張なので、トーンはそれほど変わりません。これまで通り名指し(しかも敬称略)で批判をさせて頂きます。自分ではいくら正論を述べているつもりで、読者が拒否反応を起こし、受け入れてくれなければ何もなりません。ただしそれは妥協とか、自粛や萎縮とは別です。読者の身になって考えるということは、WTWのような草の根ジャーナリズムの情報サービスだけでなく、万事について必要なことでしょう。他人の視点に立って考えること、それは民主主義の原点でもあります。
関連記事。NHKスペシャル。
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160611
463.少女たちの地獄。 2016/6/20
・AKB総選挙から見えたもの。
http://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/%e6%ac%a1%e4%b8%96%e4%bb%a3%e3%81%8c%e6%ac%a1%e4%b8%96%e4%bb%a3%e3%81%a7%e3%81%aa%e3%81%8f%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%9f%e6%97%a5%e2%80%95%e2%80%95%e3%80%8e%e7%ac%ac8%e5%9b%9eakb%e9%81%b8%e6%8a%9c%e7%b7%8f%e9%81%b8%e6%8c%99%e3%80%8f%e3%81%8b%e3%82%89%e8%a6%8b%e3%81%88%e3%81%9f%e3%82%82%e3%81%ae/ar-AAhhoP0?ocid=spartandhp#page=2
(寸評:AKBだけでなく、雨後の筍のように出来た3文字の少女集団は、なぜか批判することさえ許されない。批判でもしようものなら炎上し、直ちに非国民扱いだ。この画一的なサブカルの価値観と、批判を封じる全体主義な風潮にこそ問題がある。果ては田原総一朗さえファンだと言い出した。この段階で、政治に関してはともかく、田原の芸能・芸術に対するセンスは限りなくゼロに近いことを知った。こう考えてみてほしい。あなたがティーンズ=もはや死語か、の親だとして、そういう組織に子供が入ることをどう思うかである。中にはそれが芸能界への第一歩だと喜ぶ親もいるかもしれない。でも本来、芸の道は、長い年月の稽古や下積みがあって初めて世に出られ、世間の厳しい淘汰を受けて、やっと一線で活躍できるものではないのか。実際あれだけ団体があっても、そこからソロ活動に独立できるのはせいぜい一人か二人。なぜなら人気だけに頼っており、歌手としても俳優としても、素質や訓練が殆どないからだ。それも、芸能界への入り方が間違っているからだ。ステージで歌って=しかも皆で、踊れば、確かにその時だけはある種の充実感は得られるだろう。でもそれがイコ−ル芸能人かと言われば、疑問が残る。芸能人は芸人プラス能力だからである。個人の識別が問題にならない団体戦ならともかく、特に才能がなければ、そこから出てしまったら通用しない。待っているのは卒業という名前の解雇である。団体に所属している間でさえ過酷な待遇である上に、解雇されれば待っているのは闇社会だけ。それはNHKの朝ドラ甘ちゃんを取り上げるまでもない。おまけにこのドラマの主役にはとうとう二度目のチャンスは来ないまま終わりそうな気配だ。日本の芸能界の闇がそこにもある。
メンバーに入れず、あるいはメンバーから外されれば、後には何も残らない。待っているのは風俗と売春の世界ぐらい。それは秋葉の裏通りを歩けば一目瞭然だ。外国人記者も番組で言っていたが、外国人がファミリーで秋葉に来て驚愕するのがこの種の看板の乱立だという。それが日本の歪んだ大衆文化だと言われても、反論のしようがあるまい。せめてこれが大人の女性ならまだしも、相手は子供だよ。もはや異常心理の世界だ。もっともオカマタレントがTV画面を席巻している=NHKを含む、お国柄だ。何があってもおかしくないのかもしれない。でも、そんな状況で、日本文化の輸出などと文化庁がいくら言ってみても、むなしいだけなのである。少女たちが変質者のターゲットになったのも、1回や2
回
ではない。相手がオペラ歌手なら変質者も切り付けないだろう。
秋元はインタビューで、少女をネタにした商売をビジネスだと言い放った。ショウビジネスだとさえ言わなかった。少女を搾取するのがビジネスなのだから、日本人が企業のいいようにされるのもビジネスかもしれない。でも秋元のその一言が、個人の人格と尊厳を否定していることには気が付かないらしい。こういうおごり高ぶった人たちが、資本を動かし、社会に悪影響を与え続けているのか。ならば惨憺たる日本の現状は、ある意味で当然の結果なのかもしれない。日本も日本人も幸福になれないのは、権力と富の偏重だけでなく、権力を持つ人たちの頭の中、すなわち価値観に重大な問題=人権意識の欠落、が潜んでいるということを、頭の片隅に置いておいて頂ければと願っている。国民が常識を持ち、意見を言うという習慣=自浄作用がないだけに、日本の方が米国より危ないとも言えるのである)
464.舛添の目つぶし効果 2016/6/22
舛添の最後の約束は、リオ五輪後まで知事を続投させてくれたらという約束だから、履行は期待できません。一方で
今回の騒動は舛添の人間性が問題視されたというのが一般都民の共通の理解なので、舛添の政界への復帰は不可能です。
もし再起したいのであれば、自分がした約束を守り、人間性をもう一度アピールするしか方法はないのです。
今日は内田樹=うちだたつるのブログからその一部を引用させて頂きます。
(以下引用)
舛添氏の奇癖は以前から知られていた。「2014年の知事選以来、舛添は会計上の規則違反を繰り返してきたと言われている」と都政に詳しいある人物は指摘している。民放テレビやスキャンダル専門紙で連日のように荒れ狂ったメディアの暴風について、この専門家は「攻撃は周到に用意されていたもので、タイミングを計って行われた」と言う。情報筋によれば、この攻撃は計画的なもので、官邸の暗黙の同意を得て行われた。
メディアが知事問題一色に染まったために、報道された場合に政府にとって不都合ないくつかのニュースが結果的に報道されなかった。知事についての報道の開始は、英紙「ガーディアン」が2013年にブラック・タイディングに対してなされた130万ユーロの資金流入についてのフランス当局の捜査について報じた5月11日と同時期である。シンガポールに拠点を置くこの会社はパパ・マサタ・ディアク?1999年から2013年までIOC委員、前国際陸連会長で、現在は汚職で捜査中のラミーヌ・ディアクの息子?の所有するものであり、この資金は日本の五輪誘致チームから出たものと見られている。
日本では、このニュースは二人の人物を巻き込む可能性があった。一人は現在も政界に力を持つ森喜朗元首相。彼は五輪の東京招致を推進し、現在も五輪組織委員会のトップにいる。もう一人はJOCの委員長で、皇族の竹田恒和である。
同じように、舛添氏に対する攻撃は「パナマ文書」の暴露とも同時期だった。日本の400の個人名と企業名がそこに言及されているというのに、日本のメディアはこれについてほとんど何も報道していない。
「さらに、舛添事件によって、7月10日の参院選の選挙戦のスタートが丸ごと隠蔽された。これはさまざまな批判、とりわけ経済政策の失敗についての批判を回避しようとしていた政府にとってはまことに好都合なことだった」と専門家は語っている。
(引用終わり)
内田樹のブログ。
http://blog.tatsuru.com/
・舛添、災害には無関心。
http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e8%88%9b%e6%b7%bb%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%8c%e3%80%8c%e5%85%ac%e6%98%8e%e5%85%9a%e3%80%8d%e3%81%ab%e8%a6%8b%e6%8d%a8%e3%81%a6%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e3%80%81%e6%9c%ac%e5%bd%93%e3%81%ae%e7%90%86%e7%94%b1/ar-AAhlW8m?ocid=spartandhp#page=2
関連記事。最終日登庁せず。
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO03902370R20C16A6CR8000/?dg=1
関連記事。高額出張費削減策、先送り。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201606/CK2016062102000134.html
(寸評:良いところ全くなし。辞めてくれて本当に良かった。空席で結構。舛添が知事の時に、東京で大地震が起きていたらと思うとぞっとする。都民の8割が舛添の人間性を問題視したことに救いを見出す。これが主張の違いなら拾ってくれる人もいるだろうが、破廉恥罪では話にならない)
・舛添、これで幕引きか。
http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e7%9f%a5%e4%ba%8b%e3%82%92%e8%be%9e%e3%82%81%e3%82%8c%e3%81%b0%ef%bd%a2%e5%b9%95%e5%bc%95%e3%81%8d%ef%bd%a3%ef%bc%9f%e3%81%a8%e3%82%93%e3%81%a7%e3%82%82%e3%81%aa%e3%81%84%ef%bc%81-%e8%a7%a3%e6%98%8e%e3%81%97%e3%81%aa%e3%81%91%e3%82%8c%e3%81%b0%ef%bd%a4%e3%81%be%e3%81%9f%e5%90%8c%e3%81%98%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%81%8c%e8%b5%b7%e3%81%8d%e3%82%8b/ar-AAhpRoN?ocid=spartandhp#page=2
(寸評:けじめだけではなく真相を都民は知りたい。開き直るだけで、都民の信頼を裏切ったことへの謝罪の言葉さえない。このままうやむやにしそうな都議会議員はどう考えているのか。それとも参院選前の自民党の禊と人身御供に過ぎなかったのか)
465.上田の瀧水寺で美術展 2016/6/24
上田の瀧水寺(りゅうすいじ)で開催された美術展をご紹介します。
昨日が初日(オープニンング)で6名の高僧による声明(しょうみょう)も披露されました。
現代の若手ミュージシャンの三味線の即興伴奏というユニークな演出でした。
画家はドイツのケルンを活動の拠点にして、国内外で何度も個展を開いている
抽象画の岡田ムツミです。今回は仏教の六大(六台)をテーマにした作品に挑戦
しています。伴奏のミュージシャンはCMの音楽も手掛けている音楽プロデューサーで
作曲家のKohki(コーキ)で、他のミュージシャンと共に別途、題名のない音楽会の収録も
予定されています。
瀧水寺は真言宗の名刹であり、ご住職の大平稔雄師は海外での声明の公演など
も手掛ける多才できさくな方です。上田駅からバスも出ていますので、期間中に近くに
行かれる方は是非お出かけください。とても清潔で暖かい感じのお寺ですので、お寺を
見せて頂くだけでも十分に行く価値があります。一度行けば、上田が信州の鎌倉と呼ばれて
いる理由が分かります。
連絡先 大慧山江月院 瀧水寺
長野県上田市殿城1270 電話0268-27-6938
「岡田ムツミ展、-六大について-」 6/19-6/26 10-17時
(右から二人目が岡田画伯)
(正面の作品は六大の一つ火)
(中央が大平住職)
(十一面菩薩像がある観音堂)
瀧水寺の紹介サイト。
http://www.nagareki.com/sanada/ueda/taki.html
枝垂桜も有名です。
http://www.city.ueda.nagano.jp/kankojoho/shisetsu/flower/009.html
Kohikiのサイト。
http://studio-kohki.cocolog-nifty.com/
信濃毎日新聞の記事。
466.参院選に立ち込める暗雲 2016/6/24
・改憲4党、2/3の可能性も
。
http://www.asahi.com/articles/ASJ6R3FH9J6RUZPS007.html?iref=comtop_8_01
(寸評: 1人区で自民党が堅調。単独過半数の勢い。それでいて改憲は口にせず。嘘と欺瞞が政治の常識なんて、これでは日本が良くなりようがない。国民の大半が改憲には反対なのだから、それでも自民に投票するとなれば、これはもう対立野党が弱体だからに他なりません。旧民主をつぶしたのは、海江田、野田、岡田、枝野なのにその意識が全くないようです。硬直化した民主が民進に名を変えてもなお、変わったという印象がない。なぜこれほどまでに民進に魅力がないのかを冷静に考えるべきなのです。旧体制の大労組に顔を向けているだけではじり貧が加速するばかりです。退潮の原因は理念なき政策と、与党との妥協にあるのです。安保法にも原発稼働延長にも賛成している人たちがいるようでは、民進に投票する理由がありません。それにつけても国民に自分が被搾取者だという意識が全くないことにも驚愕します。富裕層でないことはわかっているにしても、一億総中流だと思っているのでしょうか。実は明日の雇用も保証されていない身の上なのですが)
・関連記事。安倍政権で改憲反対が48%。
http://www.asahi.com/articles/ASJ6R3G8WJ6RUZPS00C.html?iref=comtop_8_02
(寸評:それでも自民党に投票するのなら、どうやって改憲を止めるのでしょうか)
467.ブログジットとその影響 2016/6/25
英国のEU離脱。今一番大事なことは動揺しないことです。間違っても損を減らすために、株を売り浴びせたりしないことです。債務の連鎖が原因のリーマン危機とは違います。株価の下落は富裕層や大企業には問題でしょう。円高も輸出企業には問題だが、企業には内部留保があります。企業の含み益がどれだけ吹き飛んだかはこれから明らかになるでしょうが、それも中長期で見る必要があります。また富裕層がすぐに生活に困るわけでもありません。アベノミクスのいわゆるトリクルダウンが、未だに庶民に行き渡ってはいない以上、市民生活へのマイナスの効果の影響もすぐには出てこないと予想されます。更に離脱が実現するのにはまだ2年もあるのです。
但し金融政策と為替だけで生き延びて来たアベノミクスは、これで完全に行き場を失うことになります。だからいわんこっちゃないと、こちらは言いたいところですが、それを言ったからといって問題解決になるわけでもありません。過度に相互依存になっていたグローバル化に警鐘を鳴らしてきた学者も少なくありません。万が一国債が暴落すれば、国民の資産は一気に吹き飛び、莫大な財政赤字だけが残ることになりますが、多分そうはならないでしょう。それほど日本経済は脆弱ではないと思いたい。
それにつけても、安倍政権下で顕著に見られる、税金の無駄遣いが正しかったとは到底思えません。江戸時代の各藩のように、緊縮財政で経済を立て直すべき時期だったのに、逆にばらまきだけで対応してきたのです。しかもその恩恵はいまだに国民に達していません。いったいどこの誰がその利益(株高、円安)を吸いあげているのでしょうか。結果的に膨れ上がった内容のない=実体のない、金融経済の水風船は、ちょっと針でつつくだけでも破裂しかねないのです。黒田総裁が次の手を打てないという事実が、財政政策が手詰まりであることを何よりも如実に物語っているのです。この現在の余りにも危なっかしい状況こそ、安倍内閣が総辞職に値する理由だと、私は思います。英国がEUを離脱したこと自体ではなく、それで危機を迎える(株安、円高)ような、いびつな経済の状況を作り出してきたことがです。だからこそ、これ以上、日本の経済を彼らに任せる訳にはいかないのです。なぜなら彼らにはさらなる金融緩和とバラマキ=その結果はハイパ−インフレです、しか方策がないからです。
私たちは、自説に固執し、しかも私利私欲を優先する政治家と、お手盛りで強欲な資本家の末路を見ることになるのでしょうか。そうなればそれは自業自得であり、その背景には税金と国民に依存していながら、暴言を吐き、好き放題振る舞ってきた支配層の、人間としての、あるいは社会人としての倫理観の喪失があることは否定できないと思います。
無責任な政策と、放漫な経営のつけを払うのはまたもや日本の国民です。現在の権力構造や経済のコンセプトをを変えない限り、こうした悪循環が際限もなく続くことでしょう。しかも選挙前の今しか、それらを糺す機会はないのです
関連記事。離別は決別を意味しない。
http://toyokeizai.net/articles/-/124401
(寸評:離脱関連の記事の中では、最も冷静かつ前向きな記事です)
関連記事。リーマンと異なる波及経路。
http://jp.reuters.com/article/cross-market-idJPKCN0ZA1UL
関連記事。国民投票の危険性。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016062400081&g=int
(寸評:いかに危険であっても国民の意思は意思です。必要なものは、国民が冷静で力強い判断を下せるだけの、教養と理性身に着けられる環境づくりです。日本の文科省は満足な教育の予算も取らず、失格です。ちなみに以下の法王の記事も参照願います)
関連記事。ローマ法王、人々によって示された意思。
http://www.asahi.com/articles/ASJ6S6TLMJ6SUHBI043.html?iref=comtop_list_int_n01
関連記事。グローバリズム対ナショナリズム。
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO04064840V20C16A6MM8000/?dg=1&nf=1
(寸評:だからと言って、単純にグローバリズムが正しいということにはなりません。むしろ国際金融資本による、無定見、無節操なグローバリズムへの反省こそが必要であり、それがないと、根本的な問題解決にはならないと思います)
468.諸悪の原因は格差にあり 2016/6/27
今朝はエッセイが長くなりましたので、記事の方は別途とさせていただきます。ご了承願います。
英国のEU離脱は大きな問題を示唆しています。しかも問題の本質を的確に指摘した報道関係者も有識者もいません。これは世界中で起きているナショナリズムの端的な一例なのです。米国でトランプが支持を集めていること。プーチンが空前の支持率を得ていること。安倍内閣が未だに半数の支持を得ていること。アサドが政権に居座っていられること。習近平が海洋利権のために挑発的な軍事活動を展開していること。その全てが、新あるいはネオ国家主義とも言うべき各国の、ひいては各国国民のムードと価値観を示唆しているように思います。しかもその新国家主義は、行き過ぎた金融資本主義、市場経済が主導するグローバリズムが正しいとする従来の見解へのアンチテーゼでもあります。これは多数の経済的に恵まれない人々の国家への、そして世界への「ささやかな」反乱でもあるのです。
EU離脱の背景には個々の英国民の不満があります。英国民に限らず、日本の国民でも、どのくらいの人たちが、自分を世界市民だと感じる人がいるでしょうか。そういう広い視野に立った理念的、理知的な観念より、今の自分を取り巻く、より身近な政治的、経済的、社会的な環境に対する不満が先に立つのはむしろ自然ではないでしょうか。生活に不安や不満を感じている人達は、何が原因かを手っ取り早く理解しようとします。同時に政治家に共感と心の支えを求めます。それは得てして過激な政治家への傾倒であることが多い。英国の離脱をあおったのが下院の元ロンドン市長でした。物言いがシニカルではっきりしていることで有名な政治家です。ただし首相の器として十分な品格を備えているかどうかは現時点では分かりません。
今までのところ、多くの人々にとって、グローバリズムは国境を超えた大企業の搾取でしかありませんでした。グローバリズムで生活の改善を実感できた人がどれだけいるでしょうか。国境を越えて出稼ぎに行く人たちが幸福になったとは思えないし、恩恵を受けているのは、国境を越えて資本を動かす人たちの方でしょう。早急にグローバリズムを再定義しない限り、このニューナショナリズムはますます加速するだけでしょう。そしてこれは、個々の国の中では富裕層と貧困層の対立として、国家と国家の関係では、富裕な大国と貧しい小国の間の紛争や、さらに大国同士では利権争奪戦に発展する可能性があります。いずれにしても根本的には経済的な格差を原因とする争いが、階級間の流血の闘争や、国家間の武力紛争に発展することを意味しています。底にある格差の問題を、その存在さえ認めようとしないで、紛争を武力だけで解決しようとするのが安倍政権の立場です。それは米国の価値観でもあります。従ってナショナリズムを看過するどころか、むしろ助長する傾向のある安倍政権の存在自体が、日本の安全保障にとって大きな問題を引き起こす可能性がとても大きいのです。
しかし私のような素人が見るだけでも、その問題解決の方法は極めて明確な形で、我々の前に既に提示されているのです。政治家たちはそれに気が付いているのかいないか、あるいは気が付かないふりをしているだけなのかもしれません。それはナショナリズムに傾倒しがちな人々の不安や不満をどう解消していけばいいのかという課題に、どう向き合うのかというスタンスの問題でもあるのです。自民党清家のそれは、敵対的な外国に注意を向けさえ、力には力で対抗するというものであって、それは基本的に北朝鮮と同じ政策です。格差を容認と言う立場でも北と同じです。あるいは米国と同じと言い換えても良いと思います。でもそれでは根本的な解決にはならないのです。なぜなら国民の大多数が不幸であることに変わりはないからで、それはまた同じ不満が繰り返えされることを意味するからです。
問題の根は経済的な格差です。ブ―たんは決して豊かな国ではないが国民に不満が少ないのは貧富の差があまりないからです。英国の場合、労働者が自分の置かれた経済的な不公平の背景に、移民が安い賃金で働くという状況があると彼らは考えます。職を奪う、あるいは賃金を引き下げている移民の存在が悪だと考えるのです。次に思い至るのは、英国の特権階級たるエリート層が英国を支配しており、それは決して労働者階級のためのものではないという疑念です。そこからエリートへの反感が生まれます。EU加盟で英国民にはどんな得があったのか。ユーロや欧州市場に頼らずとも、ポンドは十分強い。グローバリズムが国民生活に及ぼす影響が理解できない。でもそれは日本の国民も同じです。TPPでいかなる得をするのかさっぱり分からない。でもこちらは少し事情が異なります。政府が情報を国民の眼から遠ざけているからです。日本ではグローバリズムを、輸出企業の発展という間接的な形でしか理解できません。
さらに日本では戦争体験が風化しているという、外国にない特徴があります。外国ではなぜ風化しないかと言うと、彼らはいまだに戦争を続けており、あるいは内戦を経験し、あるいは海外に派兵しているからです。戦争体験のない国民が大多数を占める日本で、いくら戦争の悲惨さを訴えても、戦後の世代にとって戦争とはビデオゲームのようなものに過ぎないのです。自分は痛みも感じず、血を流すこともない。相手を倒して気持ちがスカッとするだけの娯楽でしかありません。戦災は過去のものであり、兵隊は格好いいもの。そういう全く根拠のない固定観念を植え付けられた世代が増え続けている日本にとって、国境を越えんばかりの中国や、ミサイルを発射する北朝鮮に、効果的な武装で対抗することになんの不自然さもないのです。
私たちはいま重大な転機にあります。日本の国民として、そして世界市民としてもです。まず日本の国民としてしなければならないことは、一部の国民がより豊かになることではなく、大多数の国民が最低生活の保障だけでなく、生活の豊かさを実感できることです。これは憲法がうたう生存権でもあります。同時にこれも憲法が示している個人の尊重が大前提です。国家権力が個人の権利を抑圧して良いなどと書くとは、自民党の改憲論者はよほど知能指数が低いとしか思えない。しかもこの起草に関わった、片山さつきや舛添は、ともに某有名大学の出身です。
国全体の富で国力は決まります。ならば最大多数の最大幸福を願うのであれば、その再配分に拝領がなされなければなりません。しかるべき理由で働けない国民でも、生きていけるような仕組みを作ることが国の大事な仕事です。いま働いている人たちでも、必ず働けない時が来る。また一時的にそういう時期もある。しかし働きたくても年齢制限というものもある。年金は年齢が理由で働けない人たちのための具体的な対策です。しかもその原資は政府が消費増税の言い訳に使ったように税金ではなくて、勤労者の積立金です。若者の収入に依存しているというのも間違いです。我々は数十年という長期にわたり、高額の積立金を毎月天引きされてきているのです。今の自民党政府の説明では、不足分は税金で賄われているということになっているが、それは計画と運用の杜撰さが原因です。年金機構が潤沢な時期に、厚労省が何をしたかご存知でしょうか。不要な保養施設を日本中に作って、それが使われず経営破たんし、二束三文で売却されたのです。しかもそれ一件や二件ではなかったのです。その結果基金に開けた大穴の責任は結局、誰も取りませんでした。自民党政権の時代です。
国と国民を根本から変える富の再配分を議論する前に、我々は日本の政治ではもはや当たり前になっている政治家の嘘を取り上げなければなりません。有識者の説でさえ鵜呑みにはできません。国民の多くが豊かになる、と言うよりは、むしろ再配分では不公平感を持たないような内容に改めることが最優先課題なのです。なぜなら年俸7億、10億の社長がいるからです。彼らにその全額を使いきれるとは到底思えません。また彼らが多額の寄付をしたとも、財団を作ったという話も聞いたことがありません。結局その資産は単に世襲財産として彼らの子孫に不労所得として引き継がれるだけのことなのです。その世代で使い切れないということは、現在の経済にはプラスにならないことを意味しています。
仮に年1憶の報酬を得ている社長がいるとして、年間でその1千万を使うとします。しかしこれを20人の従業員に500万ずつ払うとすれば、1憶の全部がその年のうちに使われます。1憶の経済効果が生まれるのです。
では功績のあった経営者に報いるにはどうすればいいのか。それは自社株や、待遇で考えればいいのです。社有車を格上げするだけでもいい。そこに自動車需要という経済効果が生まれるからです。死蔵されるような報酬であってはならないのです。ユニクロの社長の資産もタックスヘイブンで死蔵されています。
今の日本のGDPの停滞の大きな原因は、国民の消費が低迷していることです。でも需要が減っているわけではない。収入が少ないから買いたくても我慢しているだけなのです。一部の人たちへの必要以上の高額な報酬と、勤労者世帯に潤沢な収入が回っていかないことが、日本経済で最大の問題なのです。トリクルダウンが聞いてあきれます。少しも垂れていかないし、そういう現状理解が欠けているので、安倍首相には経済政策を語る資格がないのです。
富の偏重がなくなり、勤労者階級の経済状況が好転すれば、それが最大多数の最大幸幸福になるし、日本経済の活性化にもつながるのです。それがひいては、さらなる売り上げと収益の増大をもたらし、税の増収にもつながるのです。日本がもっと豊かな国になる為には、再配分を見直すだけでよく、しかもそれしか方法はないのです。さらに言えば、それが世界中で行われれば、紛争もテロもなくなるのです。
平均的な収入が増加すると何が起きるか。外国から来て働きたいという人々を受け入れる気持ちの余裕が出来ます。外国にも出かけて行って、世界を自分の眼で見るようになる。即ち個人レベルで、国家主義を内側から壊すことが可能になるのです。
企業の利潤だけを目的にした、市場主義のグローバリズムではもう持たないことが、英国のEU離脱ではっきりしたと思います。安い賃金を求めて、国際金融資本がグローバル企業の形を取って世界中をうろつくというのは、ある意味で異様で不気味な状態であり、決して健全な世界経済の姿ではないのです。企業は進出先の国民の幸福を意図していることはありえない。それは中国におけるアップルの例を挙げるまでもない。その証拠に今回の英国の離脱で、日本の大企業の経営者は、こぞって反対の声を上げました。それが自社の利益のための海外進出であることを何よりもはっきりと物語っているのです。
英国離脱に見る各国のナショナリズムの傾向は、これまでのグローバリズムの目標にも、方法論にも重大な誤りがあったこと示唆しています。グローバリズムが即商業主義、市場主義であったということにです。そこには個々の人間の存在はなく、市場と利潤しかありません。購買力としてしか人間は意識されませんでした。血の通った人間を想定していないのです。今回の英国のEU離脱にも、英国民が自分を取り戻したいという気持ちがあったと思います。そういう点では、あの無法で残虐なISにも通じるものがあります。しいたげられた者たちが世界に牙をむいたという点で共通なのです。侵略的な金融資本主義ではなく、社会資本主義などを徐々に取り入れていかない限り、世界は破滅に向かってじりじりと、しかし確実に進んでゆくしかないと思うのです。
そういう観点に立つと、日本で言えば、参院選が大きな意味を持つことに気が付きます。まず日本国民の私たちが自国の政治と経済を正常に戻す。それがひいては世界を正気に戻してゆくことにもなるからです。
狭量な個人守護と国家主義のぶつかり合いから、不必要な武力衝突が生まれます。全く必要のない目的=より多くの利権、のために人命が失われるのです。それを阻止することが、いまなら私達にもできるのです。7/10に投票所に足を運ぶことでそれが可能になるのです。富の偏重を促し、海外派兵を是認し、国の暴走を抑える憲法を、国民が国に従うことを強制する憲法に変えようとする独裁政党の手から、良識の府である参院を取り戻し、その本来の役割、すなわち政治の暴走を監視する仕事を全うさせること。それしか、私たちが平和で豊かな日本を、自分たちの子孫に残す方法はないのです。
個人が国家に押しつぶされないためには、まず個人が自分の存在を主張し、声を上げることです。それが民主主義の原点です。誰かに任せて、意見を述べる権利を放棄する。その結果起きたことでも、我々はその責任だけは負わなければならないのです。こんなはずではなかったと思ってももう遅いのです。それは自分の抗議の権利を自ら放棄した結果の他ならないからです。でもそれで本当に納得できるでしょうか。資産を失い、家が焼かれ、命をなくしても納得できますか。私にはできません。大事には至るまいという、安易な読みの根拠が、私には理解できないのです。
469.冗談は顔だけにして 2016/6/28
昨日はご報告が遅くなり、失礼しました。その舌の根も乾かぬ内で申し訳ありませんが、実は今日も冒頭は長めのエッセイです。今日はどや顔タレントを叱る、です。英国のEU離脱問題にも触れています。
EUに加盟していた英国が毎週200億円も支払っていたとは。日本でそんなことをしたら暴動が起きるでしょう。ただし福祉の財源がないと言いながら、日本もIMF向けの出資をはじめとして、巨額を海外にばらまいています。しかもそれらの事実は巧妙に国民の眼からは隠されています。英国民も生活が苦しい時に、EUへの奉仕を強制されば黙ってはいられないでしょう。離脱したくなるのも無理はないと思います。
離脱が一方的に悪であるかのように言い立てるメディアが多い中で、EUが絶対的に正しいという論拠を明確にするメディアや記者はほぼ皆無です。私は人事を含めて、EUという組織に不正が絶対に存在しないとどうして断言できるのか全く理解できません。絶対的な権力を持つものは必ず腐敗する。これが歴史の鉄則だからです。憲法を無視して安保法を押し通した安倍政権もしかりです。離脱を決めた英国の方が、衆愚の危険性がかなりあることを考慮しても、独裁政権の日本よりははずっと民主的なのです。それは日本のように政権が固定観念と、明確な政治的意図をもって、メディアを通じて国民を誘導しているわけではないからです。
投票前にEUのことをよく知らない国民が多かったということで国民を不勉強と決めつける前に、EUの普及や宣伝を手抜きする傲慢さを反省すべきだと私は思います。どんな組織であれ、常に誰かが監視して、批判を続けない限り、必ず腐敗は起きるのです。国連にも批判は必要なのです。EU離脱を問う再投票は結構ですが、その際に、今回示された半数を超える国民の離脱の意思が抹殺、消去されるようなことがあれば、それはそれでまた民主主義にとっては絶対に好ましくない状況なのです。この件については末尾に独財務相の意見も紹介しています。
多くの国民が希望する以上、再投票は結構ですが、その前に公開討論会で数字や条件について、双方での基本的な合意が形成され、両派が議論を尽くした「後で」再投票が行われなければ、そもそも再投票の意味がありません。一番危険なのは「移民反対」或いは「後悔」というムードや感情だけで、投票行動が決定されることです。論理的、かつ冷静な判断で投票が行われることが必須の条件です。
話は変わって、私が嫌いな人達は、いわゆるどや顔の人達です。若手の論客にもいますが、分かりやすくタレントの例で言えば、松本=ダウンタウン、加藤=極楽とんぼ、設楽=バナナマン、上田=クリームシチュウ、ついでに有田も、中田=オリエンタルラジオ、竹山=カンニング、トンネルズは両方、それにおばさんだが上沼恵美子をおまけにつけます。同じおばさんタレントでも、風吹ジュンは自分で学校にも通い、俳優としても成長した。アグネス・チャンは平和活動に従事している。上沼はとりわけ才能も感じられず、知名度だけを振りかざしているが、内容がなければ視聴者はついて来ません。知名度が頼りなら、私は大阪の知事に立候補することをお勧めしたい。そうすればその害は一地方に留まるからです。
ゴーマンな若手タレントには共通する特徴があります。ただしその全員が政治を取り上げているわけではありません。横柄さだけを売りにしている者もいるが、ひな壇に座って、政治経済のことを口にする場合について言えば、政治経済社会国際文化の全てにおいて、経験はもとより、基本的な知識が殆どないことに驚きます。タレントの中では、おじさんだが片岡鶴太郎はまだよく勉強しています。それに比べるとどや顔の人たちは、コメンテーターとしては、教養という面で基本的に無理があるのです。でも知名度だけは高いので、いかに稚拙で浅い意見であっても、それなりの影響力があります。それが迷惑なのです。意見を言うなとは言いません。しかし言う以上は、最低限度の勉強はしておいて欲しいということなのです。
お笑いタレントが離すときは、鋭い切り込み方をするべきなのです。勉強が足りないと大衆を引き付けることができないのです。言葉遊びのボケと突っ込みだけでは続かないのです。ちなみに政治ネタ、時事ネタを取り上げているお笑いでは、北朝鮮を批判する浅草のロケット団が一番まともです。物真似芸人でも、政権や安倍首相を取り上げるタレントがいることは救いです。欧米では全く逆です。漫才=パンチラインは少なく、漫談=スタンドアップコメディーが主流ですが、政治ネタ、時事ネタが主で、それを聞いて大衆はうっぷんを晴らしているのです。そこでは庶民の立場に立って権力を批判するというコメディアンの役割が確立しており、そのためには現状分析と批判能力が必要になります。日本の若手どや顔タレントのように、自分は頭が良いと言わんばかりの、単なる自己宣伝ではなく、世論を分析して、自分の意見や意思を述べるのです。しかもどや顔タレントに共通するもうひとつの特徴があります。それは過剰とも思える自意識です。俺が俺がは、見ているだけで不快、というより時間が無駄なのです。
無論欧米のコメディアンの主張の多くも見当違いでしょうが、自意識より庶民目線を持つことでは共通しています。どや顔タレントには、意味不明のエリート意識が感じられます。俺たちは有名人だ、だから皆とは違うんだという思い上がった感じです。エリート意識がある以上、それは自分の意見が絶対的に正しくて、視聴者は自分の意見に賛成すべきものだという立場になってしまうのです。その結果、生まれるものがミニミニ・ヒットラー達です。松本がそうであり、安倍首相がより明確な実例です。
ところで最近石田純一を見かけなくなりました。やはり安保反対を宣言したことが、民法やNHKの逆鱗にでもふれたということなのでしょうか。でもそれは国民の大多数の意見を代弁しているのです。これは放送界が、視聴者、納税者である国民よりも、規制を振りかざし、憲法に抵触するような暴走を繰り返す政治権力に、おもねる存在でしかないということなのでしょうか。どや顔タレント(と放送局)が、政治権力を含むあらゆる権威と権力に反抗し、批判を始めた時に、私は初めて彼らの存在を肯定し、彼らを支援するでしょう。
ところで参院選です。この時期に、人殺し予算発言を大きく取り上げて、選挙前に共産党つぶしに加担するえせジャーナリストが横行しています。共産党の見解や意見を支持する報道もあって、初めて国民の議論を喚起する素地ができるのです。なぜいつも一方的な報道しかなされないのか。清原の事件を含め、いつでも日本の報道は一つの色で塗り潰される。反対意見が存在する余地がないのです。それが一番危険なのです。国民に選択肢が与えられないからです。ゆえに報道機関が大政翼賛会になっているのです。日本の報道機関に必要なことは、保身を捨てて、自分の頭で考えて、批判をし、他人と違う意見であってもそれを述べる勇気を持つことです。
ところで私も防衛予算は人を殺す為の予算だと思います。そうでないと言うのなら戦車を買う予算でシャベルを買えばよいのです。実弾の代わりに空砲を使えばいいのです。それが出来ないのなら、それはやはり人殺し予算です。自衛隊を批判するものはけしからん、なぜなら自衛隊は東日本の震災でも、熊本地震でも活躍したからだというのは、論理の飛躍です。国を守る戦争でも実弾を使えば人は死ぬのです。この問題の本質は、自衛隊を批判することを許さない不寛容な空気をメディアが自分で作り上げていることにあります。メディアには国民に代わって情報の聖域を作る権利などはないのです。これでは大戦の総括などできるはずもないのです。
関連記事。独財務相、EUは従来のやり方を続けることは出来ない。
http://jp.reuters.com/article/britain-eu-germany-schaeuble-idJPKCN0ZD2N7
関連記事。枠組みに拘る支配階級と、国民の怒り。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46951
関連記事。怒る若者たちも投票率は低かった。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/06/eu-28.php
470.風呂のようでも風呂ではない 2016/6/29
諏訪の御柱(おんばしら)の放送を見て驚きました。縄文時代から、即ち1万5千年前に遡る歴史があるからです。エジプトを含む西欧文明も、中国6千年の歴史も、これに比べたら問題になりません。
ところで格差を解消できる、たった一言を思いつきました。それは「必要以上は不要」、という言葉です。高額所得者はもろに当てはまります。
失敗を失敗として潔く認めないと、政治も日本も良くはなりません。開き直って言い張る例には事欠きません。野田元首相の消費増税、黒田総裁の金融バズーカとマイナス金利、安倍首相の金融依存のアベノミクス。早くそれらを間違いだと認めて、方向転換できないと、歴史に汚名を残すことになります。賄賂の問題が残るものの、五輪は見直しで改善した例の一つでしょう。安倍政権は金融から財政出動に、景気刺激の方法を軌道修正し始めています。しかし大失敗しているのに、その失敗を認めようとせず、また次の政策を繰り出してきています。でもそれが正しいとどうして言えるのでしょうか。既に信用を失っているのです。それにこれまでの主張と完全に矛盾しているではありませんか。財政出動が、アベニミクスの反対派の主張なら、未だしも検討する気になります。
ところで申し訳ありませんが、今日も前書はかなり長くなっています。
本論です。これだけ問題(しかも10年前なら、どの一つを取っても内閣総辞職に値する)を起こしていながら、未だに自民党の支持者が最も多い理由がお判りでしょうか。それは人間が現状を肯定し、または現在の仕組みに依存する傾向があるからです。日本人が農耕民族であるからかどうかは分かりませんが、人間は基本的に保守だということであって、本能的に変化を恐れるからです。未知の事象に不安を感じているのです。でも何もしないで待ち続けた結果、実際に何が起きるかということが最大の問題なのです。
いかに現状が肥溜め(失礼)のような状態であっても、それに気づかないふりをする。現状がぬるま湯で、しかも次第に煮えたぎっていっても、そんなはずはない、気のせいだと自分に言い聞かせて、そこから出ようとはしない。その結果手遅れになり、茹で蛙になるのです。何回自民党議員が不祥事を起こしても、いともあっさりとそれらを許して、忘れ去る。それは国民自身が保身を選んだことが背景にあるのです。自らが置かれている状況を客観的に判断するという習慣が身についていないことが結果的に自分の身を亡ぼすことになりかねないのです。なぜなら、現政権が目指すものは国民を富裕層と貧困層に二分し、戦争を正当化し、人権を抑圧する憲法改悪であり、原発依存だからです。ぬるま湯につかっている国民は、無理やり自分を納得させて、闇黒の未来から眼を逸らしているだけなのです。
原状を否定し、変化を容認し、新しく何かを作り上げる。それには大きな覚悟と努力が必要です。現状維持なら何もしないで済みます。しかも未知の人でも仕組みでも、それが未知数であるがゆえに、その選択にはリスクが伴います。悪臭を放つ現状でも、ないよりはましだという、後ろ向きの判断がそこにはあります。100点満点中40点でも、零点よりはましと言いたいのかも知れません。これを投票行動に置き換えてみます。行かない人の言い訳の一番目が、どうせ社会は変わらないというものです。そこには現状には必ずしも満足ではないが、大きな変化も好ましくないという気持ちがあります。いわば消極的な否定です。もう一つは選択肢がないという理由です。これは言い訳としてはより積極的です。無力な野党への批判でもあります。ではどこまで野党が頑張ればいいのかと問い直せば、多分その答えも出てはこないでしょう。あまり深く考えた結論ではないからです。
無投票と言う選択には二つの意味があることになります。消極的否定と、消極的肯定です。だから無投票の票もカウントに入れないと本当の国民の意思は分からないのです。極端な言い方をすれば、消極的な賛成を0.5票とカウントし、消極的反対も0.5と数えれば、まだしも民意を表すことにならないでしょうか。その代り消極的な投票は、電話とプッシュボタンで済ませるようにしたら良いと思います。但し投票所で記名すれば1票です。現状では無投票者の票数は実際問題として相対的多数の中に取り込まれます。一票でも多い側の総取りの仕組みになっているからです。しかもその選挙制度の欠陥に悪乗りして、選挙の結果を国民の総意であるかのように言い換えては、好き放題にしてきたのが現政権なのです。でも決してそれが国民の総意に基づくものではないことは、現清家の政策の多くに、国民の大半が反対してきたという世論調査の結果が示しています。
そこで英国のEU離脱の国民投票をどう考えるかです。無論100%の投票率などは物理的に無理でしょう。でも今回は具体的な案件のイエスかノーかの判断であり、議員選挙などより、明確に国民の意思が示しやすい機会だと思います。日本で言えば大阪都構想のようなものです。あれだけ自我肥大の橋下でさえ、投票の結果を、府民の総意だと認めて撤退したくらいなのです。国民投票の場合は、消極的な意見や棄権する理由をつけることが難しいという言い方もできます。そもそも、態度を明確にしたくないという気持ちには、対決や闘争を好まず、事を荒立てなくないという、日本人独特の美意識があるのかもしれません。でもその本音は単に面倒くさいだけかもしれないのです。ところがこの面倒だから投票を避けるという点にこそ、現在の民主主義の方法論における大きな問題点が隠されているのです。
何故投票が面倒くさいなのか。それは的に向かってダーツを投げるような行為とは本質的に異なるからです。そこでは何らかの主体的な判断が要求されるからです。判断するためには判断材料が必要です。ところがそれが全くと言ってよいくらいないのです。日本なら、その端的な例は最高裁判事の国民審査です。的確な判断を下してきたかどうかを、国民はどうやって知ることができるのでしょうか。また正直、余り関心もないでしょう。審査できないし、審査もしたくないのに、国民は判断を強要されるのです。ならばいきおい(総意として)現状維持に大きく傾くのは当然なのです。だいいちこれまで国民審査で落とされた判事など聞いたことがありません。これは仕組みに問題があるからです。民意をより的確に反映させるのであれば、判断を誤った判事にはリコールがかけられるような仕組みでなければ、民主主義は正常に機能出来ないのです。審査が形式だけなら、それは単に紙と鉛筆と集計作業の無駄なのです
いかなる投票行為もその前提には判断があり、その判断のためには情報が必要です。投票が面倒なのはそこです。学習、あるいは調査と、それに基づく正解を暗に求められているのです。いかなる試験でも気は重い。そこには意思表示という、重い、だからこそやりたくはない行為がある。考えることが面倒なうえに、情報を入手するのも、それを読んだり、分析するのも面倒です。こう考えると、投票率が有権者の半分というのも、ある意味頷ける気持になるから不思議です。
ならば逆に、投票率を上げることも可能なはずです。まず必要な情報をどこからでも入手できるようにすることです。街頭演説会でさえ結構人が集まります。皆情報が欲しいからです。候補者がいかなる人物かを見極めたいからです。そのためには、選挙前の一定期間、各種ホールが低料金で選挙演説と市民の討論のために使えるようして、候補者が有権者と自由に意見交換できる場を設けるべきなのです。無論採算度外視でお願いしたいが、多少の入場料なら有権者も負担できるでしょう。政治的な集会だから駄目とかいう自治体もありますが、市民の集会を否定したらもはやそれは民主国家の行政機関の資格はないのです。そういう自治体は自分たちの存在自体が、民主主義に支えられていることに気付いていないとしか思えないのです。
詰まるところ、現行の選挙の仕組みが、候補者に過大な負担金を求めたり、膨大な事務費を税金の形で国民に要求するだけで、そのくせ民意を反映出来る仕組みにはなっていないということなのです。しかし意識を切り替えるだけで、まだ出来ることはいくらでもあるのです。総務省にその気があればです。ちなみに私は、選挙の主管は総務省ではなくて、自治省を別に作るべきだと思っています。そもそも通信省と自治省を一緒にすること自体、どう考えても無理があります。同じお役所でも、国土交通省の方が、双方が明記されているだけましです。
英国の国民投票を政治の手段として取り入れたキャメロン首相の誤りは、事前にEUに関する的確な情報提供を怠ったことにあります。EUを理解している国民はそれほど多くはなかったからです。判断材料を与えずに判断させれば誰だって間違います。否定されたら困る側は悪い部分は隠します。反対派も同じです。そしてお互いの欠点を攻撃することだけに集中します。これは参院選も同じです。国民はその間で混乱するだけです。アベノミクスは成功だが、まだ道半ばだと与党は言います。でもこれ以上、そんな調子でやられた日本経済が崩壊してしまうということは、反政権の私だけが指摘しているわけではないのです。しかし肝心の国民には納得できる判断ができるだけの情報が与えられていません。そのうえ、自分自身が不勉強で、しかも私心の濃厚な日本のメディアが、情報の不足と混乱に一役も二役も買っています。
英国の国民投票は、民主主義がどういう仕組みであるべきであり、またどう運営されないと正常に機能しないかの実例を我々に突きつけているのです。冷静な熟慮による民意と、その総意が投票結果として示されねばならないという大命題なのです。これは私が失礼を顧みずに使ってきた衆愚と言う言葉と密接に関係があります。衆愚政治を賢民政治に成長させるヒントがそこにあるからです。
現在の選挙制度では、無投票は現状肯定と見なされます。変えたいと思う人は投票所に足を運ぶが、変えなくてもいいと思う人は、あえて投票しなくても、その意思が反映されるようになっています。人間が基本的に変化を好まない、保守的な生き物だということが、政権与党がこれだけ長い間、好き勝手にふるまって、しかも居座り続けてこられた、たった一つの理由なのです。でもこのまま進むと、日本にも、自分にもまずいことが起きるかもしれないという不安感を、少しでも持った方は、どうか投票所に足を運んで、自分の心に問い直す機会を持って頂きたいのです。
英国のEU離脱は大衆の愚行だという批判記事がメディアの大半を占めています。でもただ一人、ローマ法王だけはそれが国民の判断である限り、尊重すると言いました。独財務相はEUも反省しなければ生き残れないと言いました。大衆の愚行だと決めつける前に、こうも多くの国民が離脱の判断をしたのは何故かに思いをはせる必要があります。またいかなる結果であれ、それを一方的に否定すれば、民主主義そのものを否定することになります。離脱を選んだ国民には、そのナショナリズムの傾向から見ても、自民党を選択する日本の国民と相通じるものを感じるのは私だけかも知れません。ともあれ、私は一方的で短絡的な見方しか出来ない日本のジャーナリズムには大きな危機感を感じていますので、やWTWは年寄りの愚痴だけに留まらず、ささやかな社会の木鐸、或いはPPMの「天使のハンマー」の役割の一部でも担う必要を感じています。多分多くの人の警鐘が届く前に、板や鐘を叩く老人は、力尽きて鐘楼から転げ落ちることになるでしょう。
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