「WTWオピニオン」

【第76巻の内容】

「野党の進むべき道」
「ゴーンと検察」
「デモクラシーの終焉」
「バーニー・サンダース」
「恐怖の男」


1387.野党の進むべき道 19/1/9

1/7の朝日新聞に、「多弱」野党の進むべき道というテーマで、河野洋平と小沢一郎の見解を掲載しています。朝日を購読していない方の為に、内容を以下に収録しましたので一読願います。私は立憲への批判で、小沢や河野と意見を一にするものです。ちなみに枝野「首相」はお断りします。独善、独断、独裁は、安倍首相一人で沢山だからです。

朝日新聞2019年1月7日の朝刊から。
「理念と協調、バランスを。対案よりも徹底的に批判」河野洋平
―野党が政権与党に対抗するために何が足りないと思いますか。
いまの野党の最大の課題は、選挙に弱いところにある。風向きだけで議席を得ているような政党であれば、その風がやむか、向きが変われば力は出ない。どんな風が吹こうが、議席をしっかりつかんでいる人間をどれだけ持ち、育てるかが、野党の最初の仕事だと思う。
与党は首相を擁し、自分の都合の良い時期に解散する。その時期に合わせて自分にプラスになる政策を出せるという大変な戦力を持っている。与党には財界など業界団体から支援があるが、それ以上に、選挙に対する執念が違う。集票のための執念だ。選挙に対する執念がないと野党連擁の際に「誰と組むのはいいが、誰とは組みたくない」となる。

―最大野党の立憲民主党は、参院選では野党共闘よりも党の政治理念を蟹先しているようですが。
それはある程度は理解できる。
特に新しい政党だと自分の理念を明らかにして、自分の支持を得ようとする気持ちが非常に強い。でも選挙となったらそれは無理だ。理念を大事にすることと、選掌で他党と協調することとのバランスを考えなければいけない。一方的に理念を主張していたのでは孤立してしまう。孤立すれば、政治的に無力になる。
1986年に新自由クラブが自民党に合流した時、中曽根康弘首相から「これでレフトウイングが広がった。良かった」と言われた。政権を担うにも、野党が政権与党の暴走を止めるにも、できるだけ戦線は広い方がいい。

―昨年の臨時国会で、野党は「日程闘争」に消極的でした。
日程闘象は非常に大事で、通常国会も1月25、28日ごろ召集するとの情報があるが、予算案の審議時間が短くなることがはっきりした。これは徹底的に戦わなければいけませんよ。その場になって言うのではなく、今からなぜ召集が遅いのかと言うべきだ。(22日からスイスで開かれる)世界経済フォーラム(ダボス会議)への出席やロシア訪問が理由のようだが、ダボス会識などは週末など日程があえば行けばいい。日口交渉は大事だが、そのために国会日程を犠牲にするのは国会軽視だ。

ー安倍政権が長期化する中で、野党の役割は何でしょうか。
民主主義は野党の存在なくしてあり得ない。民主主義は最終的には多数決だが、その前提にあるのは、少数意見の尊重だ。少数意見の尊重を飛び越えていきなり多数決で決めたら、それは民主主義とはいえない。
構力をーカ所に集中して、民主主義がうまくいくとは思わない。一番懸念しているのは、この1、2年で公務員の国会での答弁拒否や公文書改ざんの問題が続いていることだ。公務員の「1丁目1番地」は国民全体の奉仕者であること。いま公務員は特定の人に対する華仕者になってしまった感がある。はぜそうなったのか。国会でもっと議論しなければいけない。

―-国民民主党は、反対するだけでは主張が通らないとして「対案路線」を掲げています。
与党が畢走している時は、とにかく止めることが第一。対案を出してどうするか、じゃなく、それはやるな、という戦いなんですから。野党は政権党を倒すことが投割。徹底的に政権党を批判しなくてはいけない。
―立慮については、参院選で国民民主党を「解体」し、次の衆院選で勝負する、との見方がありますが。
立懲が政権を狙うなら、10年先を見据えて政党の足腰を強くする必要がある。枝野幸男代表は「俺の後についてこい」ではなく、当選した若手をどうやって育てるかにもっと熱心にならないと党は育たないと思う。10年先の代表が枝野氏とは限らないでしょう。
(聞き手・倉璽奈苗)

「権力つかむ執着心必要 参院選 最低でも統一名簿」小沢一郎
―与党の国会運営に批判が集まる一方、内閣支持率は4割程度を維持していまず。なぜでしょうか。
国民からみて自民党に代わりうる、政権を担う野党がいないということだ。何となく与党、現職(がいい)となっている。野党の態勢が整っていないということが有権者側から見ると最大の問題点だ。

―野党には「永田町の数合わせ」に否定的な見方があります。
数合わせを悪いイメージで捉えるのは間違い。結局、民主主義の基本は数だ。確かに手間はかかるけども、国民のその時々の意思を反映してやるから、歴史的にも大きな過ちをおかさない。
個別の好き嫌いだの、経緯だのを気にして「一緒になれない」とやっているのは、あまりに幼稚だ。自民党を見なさい。極右からリベラルまで一緒にやっている。公明党も(支持母体の)創価学会も安倍内閣とずいぶん違った意見.を言ってきたはずなのに、一緒になっているんだから。

ー野党に足りないものは何でしょうか。
執念と志が欠けてるということだろう。かつて自民党は、杜会党を引っ張り込んでまで政権を取った。このしたたかさ、執善心が必要だ。権力をつかめなければ国民 のための政治をすることはできない。民主主義政治では権力は主権者から与えられ、主権者のために活用する。権力がなぜ必要か理解できていない。

―最大野党の立憲民主党は、党の独自性や理念を重視しています。
自由党が(2003年に)民主党と一緒になったのも、別に民主党(の理念・政策)を是としたからじゃない。(合併前の)自由党のときが一番やりやすかった。だけど、それでは過半数にならない。中間層を取り込み、政権を取らなければ。こういう思いで一緒になった。

―立憲の枝野幸男代表に考えを伝えたのですか。
野党第1党という立揚にある人・政党が旗を振るのが常道だ。僕はずっと枝野代表に「みんなまとまんなきゃならない。あなたが旗を振るべきだ」との趣旨で話してきたし、 「我々もいつでも参加する」と伝えてきた。何回か会談したが、最終的に「自分たちだけでやる」とのことだった。

―昨年末は衆院会派「無所属の会」や参院の無所属議員らの立憲への入党・入会が相次ぎました。
いいことだ。だが立憲の方が選別していてはダメだ。それでは「排除の論理」になってしまう。
入りたいという人は入れればいい。そうしたら枝野代表は総理になれるだろう。

―立憲には国民民主党と一緒になれば旧民主党政権の負のイメージがつくと懸念する声もあります。
それは違う。政権で失敗したら、もう1回やらなければいけない。国民民主党は放っておけばどうせ潰れると思っているのかどうかは知らないが、それでは結局、野党全体が潰れてしまう。野党が結集して力を合わせるという、その姿が大事だ。

―今年の参院選を政権交代へのステップにするには何が必要ですか。
最低でも(野党の比例名簿を一つにする)統一名簿だ。16年の参院選で1人区は全部(野党系候補者を)1人に絞ったが、(11勝21敗で)3分の2取られた。惨敗だ。野党が一つになったら相乗効果があり、投票率も上がる。(投票に行かない)眠っている人が出てくる。その人たちは過去の民主党(政権)のことももちろん頭にあるが、それ以上に安倍政権に対する不信感や不満感、批判が強い。
今年は政治的、経済的にこのまますんなりといくという情勢ではない。政権基盤自体が非常にもろい。単純に野党が合わさっただけで勝てる。国民は野党が一つになって、選挙戦に臨んでくれないかなあという思いだろう、ほとんどの人が。(だが現状は)ああそれなのに、それなのに、ということだ。(聞き手・河合達郎)




1388.ゴーンと検察 19/1/11-12

今日は雑誌「世界」2月号の寄稿から、「ゴーン事件と人質司法の闇」の冒頭部分と一部を御紹介します。

「ゴーン事件と人質司法の闇」桐山桂一 東京新聞論説委員
日勤車のカルロス・ゴーン前会長が昨年12月10日に東京地検特捜部に起訴・再逮捕されたことで、「人質司法」の問題に焦点が当たることになった。とくに海外メディアが日本の刑事司法の異質ぶりを報じている。問題の核心を探ってみる。

人質司法とは何か。一口に言えば、白白しない限り、被疑者・被告人の身柄拘束が長期化する傾向にある問題である。逆に言えば、仮に虚偽自白であったとしても、捜査機関側の見立てに沿った「自白」をしてしまえば、保釈を得やすい事を意味する。それゆえに日弁連や人権団体などからは、長く「冤罪の温床だ」と批判の声が上がっている。いかにも前近代的かつ深刻な問題である。

身柄拘束はむろん刑事訴訟法上での定めがある。裁判所の逮捕状によって、容疑者は最大で72時間の身柄拘束が認められる。その後の勾留状に基づいても最大20日間の拘束が可能である。逆にいえば本来、計23日間しか、捜査当局は同一容疑での取り調べはできない。これが法による縛りである。だが、現実には起訴後の勾留や別件逮捕などが繰り返され、常習的に長期勾留を招いている。

ゴーン事件に当てはめるとどうであろうか。自らの役員報酬額を少なくするため、長年にわたり実際の報酬額よりも少ない金額を有価証券報告書に記載したという事件である。金融商品取引法の虚偽記載罪にあたるとして昨年11月19日、東京地検特捜部にグレッグ・ケリー前代表取締役とともに逮捕された。

勾留が最大20日なので、東京地検は2011年3月決算期から、まず五年分について計約50億円少なかったとし、虚偽記載の疑いで取り調べて、昨年12月10日に起訴した。これは退任後に支払われる約束が確定していた「退任後報酬」だとした。その後の三年分では計約40億円過少記載したとして、同日再逮捕した。「五年」と「三年」に分割して、逮捕を繰り返したことになる。つまり、計算上ではゴーン氏は40日問の拘留が可能となる。

これに蝋感に反応したのは海外メディアである。米紙ウォールストリート・ジャーナルは「日本の司法制度は国際企業の幹部でなく『ヤクザ』にこそ、ふさわしい」と酷評したほどだ。フランスのフィガロ紙(電子版)は「拘置所でクリスマスを過ごすことになる」と長期勾留を批判的に書いている…。

起訴時の公式記者会見でも海外メディアなどの人質司法に対する追及は厳しかった。「事件は作られたストーリーに基づいて自白を強要する取り調べになっている」「虚偽記載という同じ罪を小分けにしている」「事実関係がわかっているのに、なぜまとめて起訴しなかったのか」などの批判だ。東京地検の久木元伸次席検事は「裁判所の令状に基づき、適正な司法審査を経ている」と防戦したものの、海外メディアの指摘はどれもまっとうな感覚だ。

中国の通信機器メーカー・ファーウェイの孟晩舟副会長がカナダで逮捕されたケースと比較するとわかりやすい。これは米国の要請によるものであるが、逮捕が昨年12月4日である。勾留を続けるか、保釈するかを決める審問がバンクーバーの裁判所で11日まで開かれ、同日保釈が決まっている。保釈までの期間が実に短いことがわかる。

もっとも保釈金は8億5000万円にのぽり、副会長はパスポートも取り上げられた。さらに居場所を追跡できるGPS機器を身に着けさせ、24時間態勢の監視下に置かれるわけだが。

…たしかに身柄拘束については各国の制度は異なる。しかし、決定的なのは、日本では取り調べでの弁護人立ち合いが出来ないことだ。被疑者を「密室」に置き、検察官の調べを一対一で受ける事と同義である。例え誘導ないし違法・不当な取り調べがあっても、被疑者側は防御の術がない。

…拘置所での生活はどのようなものか。独居房は畳三畳と、窓際の板敷にトイレと洗面台がある。窓は分厚い曇りガラスで、天気もわからない。カメラで24時間監視される。椅子がないから座れるのは洋式トイレだけであるという。房内には冷暖房の設備はなく、また接見禁止の状態でもある。

「推定無罪が働いているはずなのに、拘留自体が拷問に近い」という声も聞かれる。フランスのメディアは、「厳しく管理された刑罰施設だ」と問題視して報道している。

…籠池氏の場合は299日、村木元労働局長は164日。「否認を続ければ拘留が長くなる」という人質司法の実態である。

…2017年の拘留請求を裁判所が却下した割合はたったの4.9%しかない。
(編者注:さっさと起訴して、裁判で正々堂々と争えばいいのです。世界中から批判されている前近代的な取り調べ手法により、裁判になっても、世界で一流の弁護士がついたら、どういう展開になるか想像も出来ないとしたら、余りに御粗末です。拘留=拷問を受けて、自白を強要されたと主張されたら、どう答えるつもりなのだろう。ゴーンはその不正行為を厳しく断罪されなければならないが、それは日産の資産を私的な目的で流用しており、独裁者となって経営を私物化したからです。だから法で正しく、また平等に裁かれねばならないが、このような前近代的な取り調べ手法でみそをつけていたら、勝てる裁判も勝てなくなります。起訴手続きの瑕疵で(というより世界では通用しないやり方で)、起訴ができても、肝心の裁判で負ける公算が高いのです。検察は特高時代の自白偏重主義からいい加減に脱皮して、21世紀に相応しい検察にならないと、国民から前世紀の遺物、もしくはい行政の御荷物だと思われるでしょう。ちなみに1/10現在、ゴーンは高熱を出しています。おそらくはインフルでしょうが、インフルは命に係わる病気です。万が一のことがあったら、重大な国際問題になるだけでなく、日本が世界中から叩かれ、司法制度では後進国だと笑い者にされるでしょう。検察にはそれが分かっているのでしょうか。ゴーンは真っ黒に近い灰色だが、それでも人権はあります。更に許しがたいのは相手によってルールを変えている事です。籠池は長期拘留したのに、佐川は改ざん指示を自白しているにも関わらず、拘留しないどころか、起訴猶予にしたのです。政治権力の意に沿わない人間は人間ではない、だから社会的に抹殺するとでも言いたいのでしょうか。小沢一郎の国策捜査と告発は、未だに我々の脳裏に鮮明に焼き付いています)
関連記事。
https://lite-ra.com/2018/11/post-4391_2.html
関連記事。不思議の国のゴーン。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019011000245&g=int
関連記事。証券監視委が告発。
https://jp.reuters.com/article/ghosn-kelly-sesc-idJPKCN1P40UO
関連記事。ゴーン発熱。
https://jp.reuters.com/article/nissan-ghosn-ill-idJPKCN1P40HW
関連記事。日産・三菱の統括会社からも報酬。
https://www.asahi.com/articles/ASM1B7XJ7M1BULFA04T.html?iref=comtop_8_05


・ゴーン追起訴。東京地検、中東数か国に捜査協力。
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20190111-00000031-jnn-soci
関連記事。ルノーの幹部が多額の報酬。
https://jp.reuters.com/article/nissan-ghosn-rnbv-pay-idJPKCN1P42PU
コメント:ゴーンの有罪を立証して欲しいという気持ちに変わりはありません。それにしても99.99%とは検察が立件したあとの有罪率ですが、「そんなもの」に拘るあまりに、人権無視の捜査や取り調べがあってはなりません。神ならぬ人間に無謬を求めること自体に無理があるのです。それより「国民が納得するような」立件と告発をして欲しい。例え裁判で負けても、その方(社会正義を守る意思を示すこと)が遥かに国民にとっては重要な事なのです。佐川の不起訴はその真逆を行くものです。



1389.デモクラシーの終焉 19/1/13

野田元首相の、暗愚で独断的な判断から国会を解散し、民主党が政権を自民党に叩き売りしてから、日本のリベラル派は低迷を続けて今日に至っています。更に、起死回生を狙って前原が小池百合子を担ぎ出し、一世一代の大博打に打って出たものの、小池百合子の本心は、都民ファーストどころか自分ファースト、しかも安倍政権にすり寄ることを厭わない、ポスト安部狙いだったことが分かりました。リベラルどころか、むしろ右派の政党を作ろうとして、排除の論理を打ち出し、候補者の選別を始めたので、国民野気持ちは希望の党から離れました。それでなくてもじり貧だった民主党はとうとう3つに空中分解して、一党多弱の現状を招きました。野田と小池は、日本のリベラルにとって悪夢のような存在です。しかも自分達の非は絶対に認めようとしません。

結局一人だけ妥協を拒否した枝野が、新政党を立ち上げて、リベラルな国民の票を集め、立憲民主が野党第一党になったことを御承知の通りですが、だからと言ってリベラルにとって立憲民主が100%の信頼が置けるかどうかは全く別の問題です。特に自分が辛酸をなめた排除の論理を、今度は枝野自身が持ち出しているのは、民意不在もいいところであって、誰もそんなことを枝野に求めたていないのです。枝野は立憲民主に原理主義の雰囲気を持ち込んでおり、だからこそ、心底からは信頼できないのです。

リベラルに勢いがないのは日本だけではありません。そもそも世界の民主主義の守護神たる米国がご覧の通りの有様です。米国は何故あんなことになっているのか、世界でリベラル派はどんな状況に置かれているのか、復活の見込みはあるのか。

そういう状況を理解する為の目安として、雑誌「世界」が、「政治を変革する思想と方法」という特集を組んでいるので、その中から意見を二つ紹介します。今回は三宅教授の寄稿からです。正確さを欠くことは承知のうえで、原本を読む時間の無い人の為に、いつものように、気になった部分の要約で御紹介します。

「デモクラシーの終焉? 新自由主義グローバリズムの奔流の中で」三宅芳夫千葉大教授
2019年は、いわゆる「冷戦」の終結からちょうど30年にあたる。1989-91年の冷戦の終結とソ連邦の解体によって、地球上のすべての地域は、資本主義体制に公式に包摂された。

とはいえ、ポーランド、ルーマニアをはじめとする東欧諸国、そしてソ連邦が、言論、表現、結社の自由などの「市民的自由」を保障し、且つ政権の交代を制度化している「自由ー民主主義」体制ではなかったこともまた事実であり、冷戦の終結は、なにはともあれ、これらの地域の政治的「民主化」をもたらすのではないか、といったユーフォリアに一瞬ではあれ世界が満たされたようにも見えた。

この短いユーフォリアの後の長い30年の現実は、どのようなものだっただろうか?
旧ソ連.東欧圏のほぼすべての地域において、貧富の格差は劇的に拡大し、同時に「社会主義」時代に、曲がりなりにも多くの人々に対して最低限のセーフティ・ネットとして機能していた公的な社会保障制度は崩れ落ちた。歴史家M・マゾワーが、1998年にすでに指摘しているように、「1989年の真の勝利者は民主主義ではなく、資本主義」であったのである。

中国におけるマクロ経済成長は現在も持続している。「赤い資本主義」と呼ばれる共産党主導の「メガ開発主義」は多国籍企業を適度にコントロールしつつーBRICSのなかでも、もっとも「成功」している例ということにはなるのだろう。一方で、すでに2000年代には「中国都市での所得と富の再分配は、アジアでもっとも平等的なものからもっともひどく不平等なものへと移行」していたのである。この傾向は、その後の10年間において加速こそすれ、決して逆転することはなかった。

しかし、「自由民主主義」体制と資本主義レジームの結合というシェーマが揺らいでいるのはなにも旧社会主義圏やいわゆる第三世界に限られたことではない。

北西ヨーロッパにおいて、いわゆる極右政党は、21世紀になって突如として誕生したのではない。フフンスにおけるFN、ドイツの共和党、オーストリア自由党をはじめとして、1980年代から移民排斥を政治的争点とする極右勢力はすでに一定程度の支持を得始めていた。

北西ヨーロッパにおける極右伸長の第二ステージは、1990年代のT・ブレアのイギリス労働党、G・シュレーダーのドイツ社会民主党、そしてフランス社会党の「社会―自由主義」化などの、社会民主主義政党の「第三の道」への「転向」とともに訪れた。「第三の道」とは要するに、社会民主主義政党の新自由主義グローバリズムへの適応形態であった。社会民主主義政党に「見捨てられた」という感情を抱いた労働者層の多くは、選挙において棄権する傾向を示し、一部は「グローバル・エリート」のリベラリズムを批判する極右政党に投票することを選択した。

西ドイツとは異なり、第二次大戦後の非ナチ化が社会全体として行なわれなかったオーストリアではーその意味では日本と近いーハイダー率いる極右政党は有権者の支持を調達しやすい環境にあり、すでに1999年総選挙では26.9%の支持を得て第二党となり、保守政党と連立を組んで政権入りした。

第三の段階は、多国籍企業と金融資本の利害を優先させたEU統合の深化によってもたらされた。とりわけ。2002年のユーロ導入は、ユー口採用国に各々の国家・社会の実情に対応した金融政策を公式に廃止させることを意味した。この結果、為替リスクを消滅させたドイツは、ギリシアへの輸出を増大させギリシア国内の工業部門は事実上壊滅した。

多くの有権者にとって、EUとは、ブリュッセル・欧州委員会、フランクフルト・欧州、中央銀行(ECB)、ワシントン・IMFの「トロイカ」とグローバルな金融資本が支配する、きわめて反民主主義的な怪物と看倣されるようになる。この「反民主主義的な怪物」というイメージは、あながち「ポピュリスト」たちの妄想とは言いきれない。と言うのも欧州委員会を代表とするEU官僚たち、ECBの総裁と主要役員たち、そしてIMFの専務理事の誰一人として、民主的手続きによって選出されてはいないからである。

一般の有権者たちに届くのは「グローバル・ガバナンス」やら「アカウンタビリティ」やらといった耳慣れない言葉ばかりで、そうした「ユーロクラット」的な語彙が、民主主義とどんな関係があるのか、皆目見当もつかない。「庶民たち」にとってのたしかな現実は、四半世紀も続く生活水準の低下、福祉制度の削減、工場の海外移転による失業への恐怖、などであって、EU官僚たちの「賢慮」は、そのいずれにも有効に対応してくれたことはない。

極右化した保守政権の誕生は、大西洋の対岸、世界システムの覇権国家米国において2016年にすでに現実のものとなった。たしかにD・トランプは度外れた「無法者」ではあるだろうが、仮に彼が共和党の大統領候補に選出されていなかったとしたら、世界はおそらく「トランプ」という名前を知ることさえなかっただろう。 したがって、問題の第一は共和党の極右化にある。この共和党の極右化、あるいは「原理主義」化は、すでに二期にわたるG・W・ブッシュ政権の際にも指摘されていた。

極右化した覇権国家アメリカの暴力性は、国際社会でもいかんなく発揮され、米政府自らが後に「フェイク・ニュース」と認めた「大量破壊兵器」を口実にした第二次湾岸戦争によって、中東は文字通りのカオスに陥ることになった。フセイン政権崩壊の余塵から立ち現れた怪物国家IS、そしてISがもたらした修復しがたい中東における深い傷の政治的責任は、ほとんどすべてブッシュ政権に帰すると断言できる。

2016年トランプ勝利については、リベラリズムを理解しない(できない)「ポピュリズム」の熱狂の波の結果だという説明ほど事実とかけ離れたものはない。実際、トランプの総得票数は2012年にオバマに大欺した共和党候補ロムニーよりさらに120万票少ない。したがって、2016年大統領選の総括は、まずは、「トランプが勝ったというよりもヒラリーが負けた」という命題から出発するべきである。

たしかに、ヒラリーが負けた」第一の要因は、従来民主党の支持基盤の強いはずの、いわゆる「ラスト・ベルト」で敗北したことにある。しかし、ラスト・ベルト五州で民主党が失った約135万票のうち、共和党に流れたのは約59万票であって、半分に満たない。低所得グループに絞れば、さらに共和党への流出割合は下がり、四分の一強である。要するに、失われた民主党票の大部分は棄権へ回ったのである。

したがって、低所得で学歴も高くない、旧来民主党支持であったブルー・カラー層が、高潔なリベラリズムの価値を投げ捨ててトランプ支持に鞍替えした、という見方はラスト・ベルトに限定しても明らかにあたっていない。「change」を掲げたB・オバマへ投票した、中・低所得の多くの民主党支持者が八年間のオバマ政権への底しれぬ絶望から棄権したことが、まずは主要な要因として挙げられるべきだろう。

たしかに、オバマ個人は、時折、福祉制度の整備と中間層の再建という方向性を示しはした。しかし、超富裕層の資産の急激な膨張、中間層の解体、若年層にとっての安定した雇用の喪失、福祉システムの崩壊、などの傾向は、ここでも加速こそすれ、決して逆転することはなかった。問題はむしろ民主党主流派が、ヒラリー・クリントンに象徴されるように、新自由主義グローバリズムに対する「信仰」を頑として翻さなかったことにある。その結果、オバマに投票した中低所得者(民主党支持)の期待は、完全に「裏切られた」結果となったのである。

日本も含めたグローバルなリベラル・デモクラシーの危機に対して、われわれはいかなる態度で臨むべきなのだろうか?

新自由主義グローバリズムに対して「正しく且つ効率的なガバナンス」を説いてみたり、極右化の傾向に対して「まともな保守」を懐古的な眼差しで探し求めたりすることには、ほとんど意味がない、とは言えるだろう。今、世界中で展開されているリベラル・デモクラシーの危機の根源は、そうした議論が掻きまわしている水面よりも、はるかに深い次元にある。

18世紀以来の、自由主義―資本主義体制は、むしろ民主主義には敵対的であった。民主主義は、1789年にはじまるフランス革命のように、「人民」の叛逆をもたらす危険極まりないものであって、自由主義の担い手である「統治/ガバナンス」エリートの、「良識」によってこれを馴致するか、さもなければ、国家権力によって排除すべき「過激な」思想・運動としてとらえられていたのである。

現在、重要な政治的決定が国民国家内部において多元主義的に行なわれている、と信じることは、率直に言って難しい。M・マゾワーも政治家、銀行家、実業家などの「グローバル支配エリート」が唱える「効率的なグローバル・ガバナンス」が民主主義の空洞化をもたらしていることを批判的に記述している。

歴史的にも、二世紀にわたり自由主義は寡頭政との同盟を選択していた。したがって、現在の文脈において自由主義と寡頭政との新たな契約ーもちろん資本主義レジームの前提の下にーが結ばれる可能性は小さくはない。その場合、すでに解体寸前の民主主義は、最小化されるか、名前だけで実質上廃止されるだろう。

このまま自由主義)資本主義の「統治/ガバナンス」のディストピアへと滑り落ちていくのか、あるいは、少数意見の尊重などの政治的自由主義の積極的な面をー寡頭政から切断しつつー再定義し、民主主義の主導下に資本主義を終焉へと誘導できるのか、世界は今、決定的な分岐点にたたされているように思われる。
(編者注:真の民主主義の為には、革命が必要なのでしょうか)



1390.バーニー・サンダース 19/1/15

バーニー・サンダースという名前を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。2016年の大統領選で、民主党の大統領の指名候補をヒラリーと争った議員。ヒラリーよりラジカルな思想で、多くの学生票を集めた人物という程度の知識しかなく、しかも風采という点でも、ヒラリーと比べて取り柄があるようには思えませんでした。私たちはサンダースの何を、どれほど知っているかと問われと、ほぼゼロ(ナッシング)なのです。

そこで、こういう時期に雑誌「世界」の二月号の特集記事が取り上げている、サンダースの政治理念を読むことも、あながち無駄ではないと思います。翻訳ですが、読みやすい文章ですので、一人でも多くの国民に読んで欲しい内容です。要約でも、結構な長さになりました。

「独裁と権威主義に立ち向かう世界的民主主義を構築する」バーニー・サンダース
アメリカ合衆国上院議員。

米国内では、経済、ヘルスケア、教育、環境、刑事司法制度、移民に対する影響を及ぼす問題、そして最高裁判事候補者に多大な注意が向けられています。

わたしたちは軍事費に一年につき7000億ドルを費やしており、それは次に続く10力国分の合計を上回る金額です。わが国はアフガニスタンと17年間戦争状態にありますし、イラクとは15年間戦争してきており、さらに現在、わが国が軍事的に関与しているイエメンでは人道的危機が起きている最中です。

その一方で、3000万人の人々が健康保険に加入しておらず、国のインフラは崩壊しつつあり、さらに毎年、何十万人もの聡明な若者たちが大学に行く余裕を持てずにいます。

現在、途方もない影響をもたらす一つの闘いが米国で、そして世界中で起きています。一方では、独裁権威主義、寡頭政治、泥棒政治の高まりに向かっていく世界的な動きが見えています。もう片方では、民主政治、平等主義、そして経済・社会・人種・環境の正義を増強していこうとする動向が見えます。この闘いは、経済的にも、社会的にも、そして環境の面でも、この惑星の未来すべてに重大な影響を及ぼします。

世界経済の観点からすると、現在、大規模な富と所得の不平等がますます深まる中、世界の最上位1パーセントが下位99パーセントよりも多くの富を所有し、少数の巨大な金融機関が数億人もの生命に圧倒的な影響力を振るっています。

さらに、先進工業諸国の多くの人々が、民主政治は実際に自分たちのために役立っているのか、という疑問を抱いています。人々は以前よりも少ない賃金のために、より長い時間
働いています。こういった人々は巨額の金が選挙の結果を左右しているのを目にし、自分の子どもたちの未来がどんどん暗くなっているのに、政治的および経済的な上流階級がますます富を築いているのを目にしています。

こういった国々には、たいていの場合、人々のこうした不安を悪用する政治指導者がおり、苦境にある人々同士の間で恨みを増幅させ、不寛容をかき立て、民族や人種的憎悪を煽り立てています。わたしたちの国でも、こうした事態は明確です。それは、わが国の政府の最高位で起きています。

ドナルド・トランプや彼を支持する右翼の運動が米国特有の現象ではないということは、すでに明らかでしょう。世界中で、ヨーロッパでも、ロシアでも、中東でも、アジアでも、南米でも、そしてその他の地域でも、人々の不安、偏見、不満につけ込んで権力を手に入れ、権力にしがみつく扇動政治家たちに率いられた運動が進行中です。

この枢軸を形成するリーダーたちは、複数の特性を共有しています。たとえば、少数民族や宗教的少数派に対する不寛容、民主制度の規範に対する敵意、報道の自由に対する敵対心、外国の陰謀に関する絶え間ないパラノイア、そして利己的な金銭上の利益を享受するためなら政府指導者が権力の立場を利用しても構わないはずだ、という考え方です。

少数独裁の権威主義に対する反撃として、わたしたちは、働く人々が求めていることを代弁する運動によって、問題の多くが現状維持の破綻から生まれたことを認識する世界規模の運動で、立ち向かわなければなりません。単に美化された過去に戻ることを求めるのではなく、何かもっと優れたものを目指して努力する、世界中の人々を団結させる運動が必要なのです。

トランプにはロシア大統領プーチンとの馴れ合いも関係がありますが、トランプはまだ十分に2016年の大統領選挙での干渉を認めようとしていません。トランプは本当に何が起きたのかを理解していないのか、またはロシアに都合の悪い情搬を握られているかもしれません。

プーチンや、ハンガリーのオルバン、トルコのエルドアン、フィリピンのドゥテルテ、北朝鮮の金正恩といったような権威独裁主義のリーダーたちにトランプがどんどん近づいてい
くのと同時に、貿易、NATO、イラン核合意などの問題で、トランプは不必要に民主制のヨーロッパ同盟国との緊張関係を高めています。しかし根拠もなくこういった同盟国を軽んじるトランプのやり方は、単に取引として役に立たないだけでなく、欧米の同盟関係にとって途方もない長期的な悪影響を及ぼすでしょう。

トランプの選挙運動に関する調査から出てくる報告書で一貫しているテーマの一つは、富裕な外国の利害関係者たちがトランプやトランプの組織への影響力やアクセスを求めようとする努力、そしてトランプの縁故者たちがさらに多くの富の約束を求めて自分たちのアクセスを引き換えにしようとする企てです。

米国民の健康を保護する環境規制を廃絶させるために、数億ドルを費やしたコーク兄弟。サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタールなどの独裁的君主国が何百万ドルもの化石燃料の富をワシントンに注いで自分たちの非民主的な政権の利害を促進させようとしていること。パワフルな特別利益団体は、自分たちの身勝手な利益のために富の力を使って政府に対する支配力を行使しています。

腐敗政治はあまりにもあからさまで、もはや異常なことと見なされなくなっています。つい先日、共和党の巨額献金者シェルドン・アデルソンに関するニューヨーク・タイムズ紙の記事の最初の文章はこうでした。
「共和党最大の政治後援者の多くにとって、今年の投資利益率は見事とは言えない」。
寄付金の見返りに政治献金者が特定の政策結果を期待するという考え方が公然とまかり通っています。もはや恥ずべきこととさえ考えられていないのです。

こういった類の汚職は独裁政権国の間では日常茶飯事です。ロシアでは、政府決定事項の境界線がどこで終わり、プーチンや彼を取り巻く新興財閥の超億万長者たちの利害がどこから始まるのか判断できません。彼らは一体となって行動しています。同じように、サウジアラビアでも、数兆ドルもの価値があるとされる天然資源はサウジ王家の所有物であるため、利害の区別に関する議論はありません。

わたしたちが理解する必要があるのは、こういった独裁権威主義者たちは、ある共同戦線の一部だということです。 彼らはお互いに密接な関係を保ち、戦術を共有し、ヨーロッパと米国の右翼運動の場合には、同じ資金提供者のうち何人かを共有することさえあります。

右翼の独裁権威主義に効果的に対抗するためには、単に守りの態勢に立っているだけではだめなのです。わたしたちは先を見越した積極的な姿勢を取る必要があります。わたしたちが現在直面している困難は、現状維持が生んだものだという認識が必要です。わたしたちのやるべきことは、この現状維持を受け入れないことです。

世界の最上位1%の人々が地球の富の半分を所有している中で、労働年齢の人口のうち下位70%が世界中の富のたった2.7%にしか値しないという、途方もない富と所得の不平等を許さないことです。

世界中で多くの労働者の生活水準が低下していることを容認しないことです。

簡単に予防できる病気で何百万人もの子どもたちが死亡するような極貧状態で暮らす、14億人もの人々の現実を容認しないことです。

公共政策や新しい技術や改革が、単に少数のためだけでなく全ての人々に恩恵をもたらす未来のために戦うことです。

わたしたちのやるべきことは、世界中の政府を支援して、富裕層や多国籍企業が公正な税金の支払いを回避するためにオフショア銀行口座に21兆ドル以上もの金額を隠しておきながら、労働者の家族には緊縮経済政策を押し付けるような不条理を終わらせることです。

わたしたちがやるべきことは、全地球規模の大結集を行ない、子どもたちや孫たちに残すべきこの惑星を炭索排出によって破壊して巨大な収益をあげ続けている化石燃料企業に立ち向かうことです。

科学者たちは、この気候の危機に対してわたしたちが大胆な取り組みをしなければ、この惑星にはさらに頻繁な干ばつ、洪水、極端な天候異変、海洋の酸性化、海面の上昇が起こり、大規模な人口移動の結果として世界の安定や治安にさらに多くの脅威が訪れると忠告しています。

わたしたちがやるべきことは、米国市民、多くの有色人、貧困層の人々、若者たちが投票しにくくするために、トランプ大統領が強く支援し、少数独裁主義者が資金援助する組織的な取り組みに対抗し、反撃に転じることです。

わたしたちがやるべきことは、公表されずに書かれ、単に巨大な多国籍企業だけが利益を受け取り、世界中の働く人々が苦しむような内容ではない貿易政策を求めることです。

わたしたちがやるべきことは、移民が国境で拘留されたときにその家族を引き離したり、子供たちを檻に入れなければならないような残忍な移民政策に対し、抵抗を示すことです。移民や避難民がヨーロッパや米国に到達したときには、慈悲と尊厳を持って彼らに対応するべきです。もちろん、国境を越える移民の流れについて国際的な協力態勢の改善は必要ですが、耐えがたい状況を逃れてきた人々に向かって壁を構築したり、残酷さを増強させたりすることは抑止策としての解決方法にはなりません。

わたしたちがやるべきことは、人々を殺すために考えられた武器に資源を使うよりも、人々を支えるためにもっと多くの資源を注ぐようにすることです。冷戦から長い時間が経っているというのに、世界中の国々で一年につき数兆ドルもの金額が破壊兵器に費やされている一方で、何百万人もの子どもたちが簡単に予防できる病気で死亡しているのです。

ストックホルム国際平和研究所によると、世界中の国々で一年につき合計1兆7000億ドルが軍事費に使われています。これだけの金額のごく一部だけでももっと平和な目的のために使うことができたとしたら、一体どんなことを達成できるか考えてみてください。国連の食糧農業機関の事務局長は、世界の食糧危機は一年につき300億ドルあれば解消できると言っていました。それは私たちが武器に費やしている金額の2%以下なのです。

1953年、アイゼンハワー大統領が言った言葉を思い出してみましょう。「作られたすべての銃、発進するすべての軍艦、発射されたすべてのロケットは、究極的には、空腹なのに食事を与えられなかった人々や寒さに震えているのに衣服を与えられなかった人々から盗まれたものだ。武装されたこの世界は、単に金だけを費やしているのではない。労働者の汗、科学者の才能、子どもたちの希望を無駄使いしているのだ」。

そして、任期を終えようとしていた1961年、ますます強大になる武器企業の支配力について懸念したアイゼンハワーは、次のような警告を残しました。「政府の様々な委員会では、軍産複合体による不当な影響力の獲得を防ぐ必要がある。根拠のない権力が破滅的に台頭する可能性は現に存在しており、今後も根強く存続するだろう」。

わたしたちは過去数十年間その潜在的可能性が実現するのを目にしてきました。わたしたちが立ち上がってこう主張する時がきました。「もっと良い富の使い道がある」と。

締めくくりに、少数独裁および権威主義勢力と効果的に闘うためには国際的な運動が必要であること、それはすべての人々のために共有される繁栄、安全、尊厳の展望によるものであり、単に富だけではなく、政治的な力の分野にも存在する不平等にも取り組まなければならないのです。

わたしたちは人間の連帯に根ざした世界秩序―この惑星上の一人一人が共通の人間性を共有していることを認める秩序、子どもたちが健康に育ち、良い教育を受け、適切な仕事を持ち、きれいな水を飲み、きれいな空気を吸い、平和に生きることをわたしたち皆が望んでいるのだと認識する世界秩序を、再び捉えなおすために、このチャンスを活用する必要があると思います。

わたしたちがやるべきことは、こういった価値観を共有し、より良い世界のために闘っている人々に手を差し伸べ、つながることです。

独裁権威主義者は分断と憎しみを広めることによって権力を求めます。わたしたちは団結と共生を広めていきましょう。

富も技術も飛躍的に成長する時代に生きるわたしたちには、みんなが穏当な暮らしを営める世界を作り出す力があるはずです。わたしたちが取り組むべき仕事は、共通の人間性を足場にして、責任をないがしろにしてきた政府権力であれ、責任を取らない企業権力であれ、わたしたちを分断し、お互いを対立させるように仕向けてきたすべての勢力に対抗し、全力で立ち向かうことです。わたしたちも国境を越えて団結する必要があります。
ありがとうございました。

(編者注:あくまで中道です。世界規模で民主主義を護り育ててゆくために、非力な自分のも、何かできる事はないものか考えたいと思います)



1391.恐怖の男 19/1/10-16

「恐怖の男、トランプ政権の真実」を読み始めたのはいいのですが、この本、要約がほぼ不可能である事が分かりました。媒体がなんであれ、「我が意を得た」資料や情報は「自分の主張の裏付けとして」、要約(限られた紙面では、余程短くないと全文は紹介できない)で御紹介しています。

その資料がノンフィクションであれば、どこかに必ず山場があるので、その部分だけでも取り上げれば、著者の意図と、当たらずと言えども遠からずになるはずです。だから原文をなるべく加工せずに、著者の意図が正確に伝わることに重点を置いています。

ところが要約が、この本では通用しません。その理由は二つあり、事実を列挙しているので山場が分かりにくいことと、ノンフィクションというより小説に近いからです。小説はあらすじや解説なら言えても、趣旨や哲学を要約することは困難です。

とはいえ、折角なので、今回はプロローグだけでもご紹介します。これを見て、関心を持たれた方は、店頭で本書を手に取ってみてください。なお本書の冒頭にはトランプ政権の歴代閣僚(多くは辞任)の写真と言葉が掲載されています。本書はトランプ政権の意思決定の仕組みを克明に描くことに的を絞っていると、訳者(伏見威蕃)があとがきで述べています。実際に著者は、出来事の事実面を客観的に記述する事に努力しているように見受けられます。

「ここは、すべてが狂っている 衝動に満ちたトランプの意志決定を暴いた全米大ベストセラー! 恐怖の男 トランプ政権の真実」ボブ・ウッドワード 日本経済新聞出版社 2200円。

「読者への覚書」
本書のためのインタビューはジャーナリストの"ディープ・バックグラウンド"という基本ルールのもとで行なわれた。つまり、情報はすべて使用してよいが、情報を提供した人物についてはなにも明かさない。これらの出来事に直接関わったか、それをじかに目撃した人々への数百時間のインタビューをもとに、本書は書かれている。ほとんどの人々が録音を許可してくれたので、記述の正確を期すことができた。登場人物の言葉の引用、思考、結論に関しては、本人から情報を得たか、じかに見聞きした同僚から話を聞いたか、あるいは会議のメモ、個人の日記、政府の文書、個人の書類をもとにしている。
トランプ大統領は、本書のためのインタビューを断った。

「ブロローグ」
トランプが大統領に就任してから8カ月が過ぎた2017年9月初旬、ゴールドマン・サックスの元社長兼COOで、大統領の経済政策の首席顧問である国家経済会議(NEC)委員長を
つとめるゲーリー・コーンが、大統領執務室のレゾリュート・デスク(大統領の執務机)に用心深く近づいた。

ゴールドマン・サックスに27年間勤めたコーンは、身長190センチ、禿頭で、押しが強く、自信たっぷりだった。顧客たちが数十億ドルの富を築くのを手伝い、自分も数億ドル稼いでいた。コーンはオーバル・オフィスに立ち入る特権があり、トランプもそれを認めていた。デスクには、韓国大統領宛の大統領親書の草稿一枚が置いてあった。米韓自由貿易協定(KORUS)を破棄する、という内容だった。

コーンは驚愕した。何カ月も前からトランプは、米韓の経済関係と軍事同盟のみならず、もっとも重要な機密の情報活動と情報収集能力の基盤をなしているこの協定を撤回すると脅していた。

1950年代に結ばれた防衛条約のもとで、アメリカは韓国に兵力2万8500人の米軍を駐留させ、国家機密に属する特別アクセス・プログラムを行なってきた。特別アクセス・プログラムによって暗号名が付されるような情報機関や軍の高度な国家機密を韓国から得られる。北朝鮮の大陸間弾道ミサイルは、いまや核弾頭を搭載できるようになり、アメリカ本土を射程に収めている可能性がある。北朝鮮がミサイルを発射したら、38分でロサンゼルスに到達する。

特別アクセス・プログラムによって、アメリカは北朝鮮の弾道ミサイル発射を7秒以内に探知できる。アラスカの基地の情報収集能力では、探知に15分かかるー驚異的な時間短縮だ。

北朝鮮のミサイル発射を7秒以内に探知できれば、米軍にはミサイルを撃ち落とす時間がある。したがって、この特別アクセス・プログラムは、アメリカ政府の最重要秘密作戦であるといえる。それに、韓国に米軍を駐留させることは、アメリカの国家安全保障の要だった。韓国経済にとって不可欠なKORUSの破棄は、米韓関係そのものを瓦解させかねない。トランプが、アメリカの安全保障には欠くことのできない重要な情報資産を失う危険を冒そうとしていることが、コーンには信じられなかった。

韓国との貿易赤字が年間180億ドルに達し、在韓米軍の駐留費用が35億ドルにのぼることにトランプが激怒しているのが、こういったことすべての原因だった。

ホワイトハウス内の混乱や内輪揉めは、ほとんど毎日のように報道されているが、内部の状況がじっさいにどれほどひどいかを、国民大衆は知らない。トランプは変わり身が激しく、不変・不動であることはめったになく、気まぐれだった。大小さまざまな物事に腹を立て、機嫌が悪くなる。KORUSについても、「きょう破棄する」というようなことを口にする。しかし、それがいまは大統領親書になっている。日付は2017年9月5日。安全保障上の大惨事を引きす可能性がある。トランプがそれを見たら署名するのではないかと、コーンは不安になった。

コーンは、レゾリュート・デスクから親書の原稿を取り、”保管”と記された青いフォルダーに入れた。

「デスクから盗んだ」コーンはのちに同僚に語った。「あの男には見せない。ぜったいに見られないようにする。国を護らなければならない」

ホワイトハウスもトランプの頭のなかも無秩序に乱れ切っていたので、親書の草稿がなくなったことに、トランプは気づかなかった。

通常、この韓国大統領宛の親書のような書簡は、大統領の書類仕事を取りまとめているロブ・ポーター秘書官が作成を担当する。しかし、今回は驚いたことに、トランプに届けられた草稿の出所が不明だった。秘書官は目立たないが、どの大統領のホワイトハウスでも、重要な役割を果たしている。ポーターは何カ月も前から、決定事項の覚書やその他の大統領の書類について、トランプにブリーフィング(要旨説明)を行なってきた。軍事行動や中央情報局(CIA)の秘密活動のような、安全保障に関わる国家機密の承認事項も、それに含まれていた。

身長194センチで、ガリガリに痩せている40歳のポーターは、モルモン教徒として生まれ育った。いわゆるひと目につかない人間(グレイマン)だった。ハーバード大学とハーバード・ロースクールを出て、ローズ奨学金も受けていたが、そういったことをまったくひけらかさない、組織人だった。

書簡の草稿には何枚かコピーがあるのを、ポーターはその後、突き止めた。ポーターかコーンが、一枚も大統領のデスクに置かれることがないように気を配った。

この案件はトランプが一時の感情にかられて命じたもので、危険極まりないと判断した二人は、協力して潰そうとした。それに類する書類は、いつのまにか消滅した。トランプが草稿をデスクに置いて校正しようとすると、コーンがひったくり、トランプはそのまま忘れた。

デスクに残せば、トランプが署名してしまう。「国のためにやっていたというよりは」コーンはひそかにいった。「あの男がやらないように救ってやったんだ」

アメリカ合衆国大統領の意思と憲法であたえられた権限を脅かす、クーデターにもひとしい行為だった。

政策決定とスケジュールの調整、大統領の書類仕事の処理のほかにも仕事があると、ポーターは同僚に語った。「第三の仕事は、彼のものすごく危険な思いつきに対応して、名案ではなかったかもしれないと思い直すような理由をいくつも教えることだった」

延期、故意の引き延ばし、法的制約といった戦略もとられた。法律家でもあるポーターはいう。「物事を遅らせる、彼のところへ持っていかない、あるいは いいわけではなく、正しい理由を挙げてーこれは吟味する必要がありますとか、これにはもっと多くの手続きが必要ですとか、法律顧問の承認が得られませんとかいうー書類を大統領のデスクから取りあげる回数の10倍はやった。ずっと崖っぷちを歩いているような心地だった」

業務が落ち着いているように思えるときが何日か、あるいは何週間かあると、二人は崖っぷちから数歩離れることができた。

…後日、オーバル・オフィスでの会議で、KORUSについて激しい議論がなされた。「かまうものか」トランプがいった。「この協定にはうんざりしているんだ! 二度と聞きたくない。われわれはKORUSを破棄する」。自分が送りたい親書の口述筆記をはじめた。

大統領の娘婿のジャレッド・クシュナーは、トランプの言葉を真剣に受け止めた。36歳のクシユナーは、大統領上級顧問で、尊大な態度を身につけている。トランプの娘のイバンカとは、2009年に結婚した。

クシュナーはトランプにいちばん近いところに座っていたので、口述筆記を引き受けて、トランプのいうことを書き留めた。

親書を書きあげ、私に届けてくれれば署名する、とトランプがクシュナーに指示した。
クシュナーが口述筆記をもとに新しい親書を書こうとしていたときに、ポーターがそれを聞きつけた。

「草稿を送ってほしい」ポーターは、クシュナーに指示した。「こういう親書は、紙ナプキンの裏に書くようなわけにはいかない。政治的に困ったことにならないような言葉で書く必要がある」やることを求めていた。クシユナーが自分の草稿の写しを送った。ほとんど役に立たなかった。ポーターとコーンは、大統領の指示どおりにやっていると見せかけるために、タイプした草稿を作成した。トランプは、すぐになにも持っていかないわけにはいかない。その草稿でごまかすつもりだった。

正式な会議ではKORUS破棄反対派が、あらゆる反論を持ち出した アメリカは自由貿易協定を破棄したことは一度もない、法律問題、地政学問題、重大な国家安全保障・情報問題がある。親書はまだ用意されていなかった。事実と論理を反対派は大統領に浴びせかけた。

「よし、ひきつづき親書を作成してくれ」トランプはいった。「つぎの草稿が見たい」

コーンとポーターは、草稿を用意しなかった。大統領に見せるものはなかった。KORUS問題は、大統領の決定という濃霧のなかでつかのま見えなくなった。トランプは、ほかのことで多忙だった。

しかし、KORUS問題は、消え去りはしなかった。コーンは、ジェームズ・マティス国防長官と話をした。退役海兵隊大将のマティスは、トランプの閣僚のなかでもっとも発言力が大きい。海兵隊勤務40年のマティスは、戦闘経験も豊富だった。身長175センチで、背すじがまっすぐにのびた姿勢を保ち、つねに、この世の楽しみには興味がないという態度を示している。

「私たちは崖っぷちでよろけている」コーンは、マティスにいった。「今回はすこし応援がほしい」 マティスは、ホワイトハウスを訪れるのを控えて、できるだけ軍事のみに集中しようとしていたが、非常事態だと察して、オーバル・オフィスへ行った。

「大統領」マティスはいった。「金正恩は私たちの国家安全保障に直接関わりのある脅威を保有しています。韓国との同盟関係を維持する必要があります。貿易はそれと関係ないように思えるかもしれませんが、じつはそれが中核です」

韓国の米軍と情報管理は、北朝鮮に対するアメリカの防御能力の根幹です。協定破棄はやめてください。

韓国の弾道ミサイルの防御システムに、どうしてアメリカが年間10億ドルも支出しなければならないのか? とトランプが質問した。終末高高度空域防衛システム(THAAD)への出費が腹立たしくてたまらないトランプは、韓国からそれを引き揚げてオレゴン州ポートランドに配備すると脅していた。

「韓国のためにやっているのではありません」マティスはいった.「韓国を支援しているのは、それがアメリカに役立つからです」

トランプは、不服そうに同意しかけたが、それは一瞬だった。

2016年、大統領候補だったトランプは、ロバート・コスタと私に、大統領という職務の定義を述べた。「なによりもわが国の安全保障が重要だ…それが第一、第二、第三だ…軍隊が強ければ、わが国にとってよくないことが外部から起こるのを防げる。大統領という職務の定義で、それがつねに第一になると私は確信している」

現実には、2017年のアメリカは、感情的になりやすく、気まぐれで予想のつかない指導者の言動にひきずりまわされている。ホワイトハウスのスタッフたちは、大統領の危険な衝動から生まれたと見なした事柄を、故意に妨害している。世界でもっとも強大な国の行政機構が、神経衰弱を起こしている。

以下はその物語である。
(編者注:後日感想文を報告したいと思います)

関連記事。トランプは石炭雇用を取り戻せない。嘘に気付き始めた労働者たち。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/01/post-11516.php
関連記事。トランプはもはや大企業の声も聞かない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55156
コメント:ならば金髪のエテ公大統領は、何の為に、或いは誰の為に、きゃっきゃっと大騒ぎしているのでしょうか。


先日、前書きを紹介した「恐怖の男、トランプ政権の真実」という本は、むしろ小説に近い本で、小説は主張や分析より或いは結論より、筋の展開が重要です。

500頁の本が会話の羅列で構成されており、その中心には常にトランプがいます。言い換えれば、これはトランプの数年間の言行録であり、トランプが主役を勤めるドラマの脚本です。これが研究や分析なら、原稿の意図を読み解いて、自分の価値観で評価して、論評を加える事も出来るのですが、「小説」ではそれは無理です。書かれている内容が真実であると信じて、あるがままに受け取るしかないのです。それでも、この本が言いたいことはたった一つです。いかにトランプが偽物で、食わせ物であるかという事です。

とはいいつつも、列記された関係者の「証言」の中には、我々が知らない内容もあるので、トランプに対する評価の参考になると思います。


「恐怖の男、トランプ政権の真実」ボブ・ウッドワード、伏見威蕃訳、日本経済新聞出版社

…「この数字を心配するには及びませんよ」バノン(編者注:トランプ元側近)はいった。「世論調査がどうあろうと、12ポイントや16ポイントは、心配するような差ではありません。激戦州のことも、気にしないことです。国民の三分の二が、いまの国のやり方は間違っていると思っています。75%が、アメリカは衰退していると思っています」。
「変革の下地ができあがっているわけです。ヒラリーは過去の遺物です。ちがいを強調するのが重要です。ヒラリー・クリントンと比較し、対極的だというのを示します。これを忘れないでください。この国のエリートは、アメリカを衰退させるままにしている。わかりますね?」
トランプが、うなずいて同意を示した。
「だがこの国の労働者たちは、ちがう。彼らはアメリカをふたたび偉大な国にしたいと思っている。この運動は、単純化しましょう。ヒラリーは腐敗の擁護者で、アメリカの衰退に気を留めない無能なエリートの現体制を護ろうとしている。あなたは、アメリカをふたたび偉大な国にしたいと願う、忘れられた庶民の擁護者です。さらに、私たちはいくつか主題を決めて、それらを推し進めます」バノンは話をつづけた。
「1.大量の違法難民を阻止し、合法的な移民を制限して、国家の主権を取り戻す。2.製造業の雇用をアメリカに取り戻す。3.無意味な海外での戦争から撤退する」
いずれもトランプにとっては、目新しい案ではなかった。
「この三つの主題について、ヒラリーは反駁できません」バノンはいった。
トランプにはもうひとつ有利な点があると、バノンはつけくわえた。政治家らしくない話し方をすることだ。2008年の予備選挙で熟練の政治家らしい話し方をするヒラリー・クリントンと対決したときに、バラク・オバマがそういう話し方をした。ヒラリーのしゃべり方は、いかにも練習をたくさん積んだようだった。真実を告げているときでも、嘘をついているように聞こえる。
ヒラリーのような政治家は、自然に話すことができない、とバノンはいった。流暢でぎくしゃくしていないが、心からの言葉ではなく、深い信念から発してはいない。

…「見てほしいものがある」マナフォート(編者注:選挙コンサルタント)がそういって、<ニューヨーク・タイムズ>の記事原稿のコピーを渡した。見出しは"ウクライナの秘密帳簿に、ドナルド・トランプの選対本部会長への現金が記載"。
バノンは読んだ。「手書きの帳簿に、マナフォート氏に宛てた裏金1270万ドルが記されていた」。出所は親ロシアの政党だった。
「ウクライナからクソ現金が1200万ドルだと」バノンは、叫び声に近い声をあげた。

…NYタイムズのウェブサイトでは、最初クリントンが勝つ碓率が85%だった。だが、すぐトランプ有利に変わっていった。トランプにとって明るい兆候は。ノースカロ一フイナ州の動きだった。アフリカ系アメリカ人とラテンアメリカ系の投票率が低かった。
トランプは、ノースカロライナ、オハイオ、フロリダ州を勝ち取った。
オバマ大統領が、ヒラリー・クリントンにメッセージを送った。2000年の大統領選挙のような不明瞭な結果になるのは国のためによくない。負けるようなら、早めに潔く敗北を認めるべきだ。ウィスコンシンがトランプのものになった直後、ヒラリーはトランプに敗北を認める電話をかけた。

…海兵隊の伝承では、イランはけっして癒えない傷を海兵隊に負わせ、その返礼はなされていないという。1983年のベイルートにおける海兵舎テロ攻撃の黒幕は、イランだった。この攻撃で海兵隊員220人が死んだ。一日の死者としては、海兵隊の歴史で最大の数だった。ある上級幹部将校によれは、2010年から2013年にかけて中央軍司令官をつとめたとき、マティス(編者注:元国防長官)はイランを「中東のアメリカの権益にとっていまなお最大の脅威」だと見なしていたという。イスラエルがイランの核施設を攻撃し、アメリカを紛争に巻き込むことを、マティスは懸念していた。イランが公海に機雷を敷設し、海上で事件を起こして、それが拡大するのではないかと、マティスは憂慮していた。
トーマス・ドニロン国家安全保障問題担当大統領補佐官が、マティスに回答した。機雷が米軍艦の航路に効果的に敷設されてその軍艦が差し迫った危険にさらされない限り、いかなる状況でもイランに対する軍事行動を起こしてはならないというのが、ドニロンの指示だった。マティスが国防長官に就任したら、ドニロン・メモは真っ先に無効にされるはずだった。

…アメリカ経済は全休として良好です、とコーン(編者注:元経済担当大統領補佐官)はトランプにいった。特定の対策が講じられれば、爆発的に成長するでしょう。経済成長には税制改革と、過度の規制による制約を取り除くことが必要です。
トランプがそういう話を間きたがっていることを、コーンは知っていた。ニューヨークの民主党員であるコーンはつぎに、トランプが聞きたくないような話をした。アメリカ経済は貿易を基盤としています。自由で公平で開かれた市場が、不可欠です。選挙運動中にトランプは、国際的な貿易協定に反対していた。
それから、アメリカは世界の移民の中心地です。「私たちは国境を開放しつづけなければなりません」コーンはいった。雇用状況はかなり順調なので、まもなくアメリカは労働者が足りなくなる。だから移民は受け入れつづける必要がある。「アメリカ人がやりたがらない仕事が国内に無数にあります」
つづいてコーンは、だれもがいっていることを口にした。予想できる範囲内で今後、金利は上昇します。
同感だ、トランプはいった。「さっそく莫大な金額を借りる必要がある。それを持っておいて、そのうち売って、儲けを出す」
トランプが基本すら理解していないことに、コーンは唖然とした。説明しようとした。あなたが、つまり連邦政府が財務省証券を発行してお金を借りたら、財政赤字が増えますよ。
どういう意味だ? トランプがきいた。印刷機を動かせばいい、紙幣を刷ればいい。
そういうわけにはいきません、コーンはいった。アメリカの財政赤字は巨額で、大きな問題になっています。政府はそんなやり方で収支を合わせるわけにはいきません。

…3月4日に、トランプ・タワーの電話をオバマが盗聴させたと、トランプは四度ツイートしていた。
「自分で自分にアッパーカットを食らわすようなものです」。そのツイートにマイナスの反応がかなりひろがったことを、グラム(編者注:上院議員)は指摘した。
「ツイッターは私の活動手段なんだ」トランプはいった。
「ご自分に有利になるようにツイー卜するのはかまいません、大統領。不利になるようなツイートはやめましょう。敵は大統領を自分たちがいる泥沼に引きずり込もうとしています。餌に食いつかないように、自制を身につけないといけません」

…「イランは違反していない」ティラーソン(編者注:元国務長官)はいった。インテリジェンス・コミュニティも合意に加わった各国も、イランは違反していないとの意見で一致している。
「そういう論理は通用しない」。相手がトランプでは、とプリーバス(編者注:元首席補佐官)はいった。ティラーソンは譲らなかった。「それなら厄介な問題になるぞ」プリーバスはいった。ティラーソンに念を押す必要があると思った。「ここでは大統領が決断を下す」。自分はおりるといった。「きみを苦しめるのはやめる」
ティラーソンは、トランプに会った。「これは私の重要原則のひとつだ」トランプはいった。「私はこの合意に賛成ではない。アメリカが行なったなかで最悪の合意だ。それを更新するというのか」。
「たった90日のことだから、今回は承認する。これが最後だ。二度と更新しろといいに来るんじゃないぞ。つぎは更新しない。クソひどい合意だ」
マティスは、ティラーソンに賛同するのに、もっと穏やかで外交的なやり方をした。「まあ、大統領」マティスはいった。「彼らはおそらく建前上は遵守していると思いますよ」
プリーバスは、感心して見守っていた。マティスはけっして臆病ではないが、トランプを操縦する方法を心得ている。

…選挙運動中にトランプは、アメリカの貿易協定を、ヒラリー・クリントンに対するのとおなじくらい激しく攻撃した。現在の貿易協定では、安価な外国製品がアメリカに押し寄せて、アメリカ人労働者の雇用が奪われると、トランプは考えていた。

…7月8日と9日の週末、<ニューヨーク・タイムズ>が、それまで公表されていなかった、選挙運動中のトランプ・タワーでの会合について、記事を二本載せた。トランプの長男ドン・ジュニア、選挙対策本部会長のマナフォート、クシュナー(編者注:トランプの娘婿)が、よりによってロシア人弁護士と会い、ヒラリー・クリントンの弱みを教えようと提案されたという。当然ながら、否定され、話の内容が訂正され、その場にいた人間を混同しているという反論があった。それは一大スクープで、ロシアが関係するなんらかの不正行為や隠密活動があったことを、証明していないにせよ、示唆していた。

…トランプがプリーバス首席補佐官の悪口をいうことに、ポーター(編者注:元秘書官)は愕然とした。プリーバス、ポーター、その他の補佐官たちは、トランプにツイッターを使うのを控えるよう説得しようとした。
「これは私のメガホンなんだ」トランプは答えた。「フィルターをまったく通さずに、国民にじかに語りかける手段なんだよ。雑音に邪魔されない。フェイクニュースに邪魔されない。コミュニケーションをとる方法はこれしかない。フォロワーが数千万人いる。ケーブル・ニュースの視聴者よりも多い。私が演説すると、CNNが報じるが、だれも見やしない、関心も持たない。なにかをツイー卜すると、それがメガホンになって、世界中に聞こえる」

トランプがまたいった。「さえずりと呼ぶのは、やめようじゃないか。ソーシャルメディアと呼ぼう」。ホワイトハウスはフェイスブックとインスタグラムのアカウントも持っていたが、トランプはどちらも使わなかった。もっぱらツイッターを使った。「これが私だ。こうやってコミュニケーションをとる。私が選ばれた理由がこれだ。私が成功した理由はこれなんだ」
ツイートは、大統領の職務の片手間ではなかった。それが中心だった。

…ゲーリー・コーンとロバート・ライトハイザ一通商代表は、何カ月もかけてトランプを説得し、中国の貿易慣行における知的財産権侵害を調査する承諾を得た。貿易協定をぶち壊すことなく、トランプが反貿易の脅しを実行できる案件だった。1974年通商法の第301条に基づき、大統領はアメリカと不公平な貿易を行なっている国に、一方的な貿易制裁措置を実行できる。
中国は、ありとあらゆる規則に違反していた。IT企業の企業秘密を盗み、ソフトウェアや映画や音楽の海賊版を作り、費沢品や薬品の偽造をするなど、あらゆる盗みをしていた。企業の一部を買収し、技術を盗む。中国で事業を行なうには中国に技術移転しなければならないという条件を課して、アメリカ企業から知的財産を盗む。コーンは、中国を卑劣な腐った悪党だと見なしていた。中国は知的財産6000億ドル相当を盗んだというのが、トランプ政権の推定だった。
大続領居室で8月に開かれた経済・貿易チームとの会議で、トランプは急に二の足を踏んだ。トランプは、習近平と話をしたばかりだった。中国をターゲットにしたくなかった。「北朝鮮問題で、中国の力が必要になる」トランプはいった。「国連決議一件だけの問題ではない。今後もひきつづき中国の協力が必要になる。演説では中国に触れる部分をすべて削除したい」。習近平とのすばらしい関係を台無しにしたくない。

…特別アクセス・プログラムの情報活動によって、アメリカが北朝鮮のミサイル発射を7秒で探知できることを、トランプはすでに説明されていた。それがないと、アラスカの施設で探知できるのは、発射から15分後になる。攻撃的なサイバー攻撃能力も得られている。北朝鮮のミサイルを発射前と発射後の両方とも、妨害できる。
マティスが、軍と情報の能力を軽視されるのにうんざりしている気配を示した。トランプが、こういったことの重要性を理解しようとしないことにも、嫌気がさしていた。
「私たちは第三次世界大戦を防ぐために、こういったことをやっています」マティスはいった。落ち着いた声だったが、にべもないいい方だった。周囲がはっとするような言葉を吐き、核戦争のリスクを冒すのかとほのめかして、大統領に反駁していた。そこにいた何人もが、時間が止まったような心地を昧わった。
これはビジネスの賭けとはちがう。破綻してもなんとかなる、というようなものではない。 マティスやほかの面々は、トランプのことで我慢の限界に達していた。わかりきっている基本的な事柄に疑問を呈するとは、どうかしているんじゃないのか?おい、やめろ!とマティスがいっているような感じだった。
マティスはなおも諭しつづけた。「私たちは前方に軍を展開することで、本土を護る能力を備えています」。韓国に2万8500人を駐留させていることだ。
情報収集能力と駐留部隊がなかったら、戦争が起きるリスクは大幅に増大します、とマティスは説明した。韓国と日本を防衛する手段が減少します。これらの資産なしで戦争が起きたら、「残されたオプションは核兵器のみです。ほかの方法では、同等の抑止力を発揮できません」。

…関税がさまざまな方面で歓迎されるはずだというナバロ(編者注:国家通商会議委員長)の確信は、"完全に間違っている"とポーターは述べた。多くの企業が関税に反対しているのは、鉄鋼を買ったり消費したりしているからだ。
「自動車メーカーは、ことに嫌がるでしょうね」ポーターはいった。「自動車メーカーの利幅は薄いのに、これでコストが上昇するからです」。パイプライン・メーカーもおなじだ。「国有地の使用や、海底油田の開発を、私たちは全面的に解放しているんですよ。パイプライン建設は、大勢の作業員を必要とします」
ポーターはつづけた。「それから、組合に関していえば、それこそ正気の沙汰ではありませんよ。たしかに、鉄鋼組合はよろこぶでしょうが、全米自動車労働組合は気に入らないでしょうね。建築業の組合も気に入らないでしょうね。コストが跳ねあがりますから」

…翌朝、ダウド(編者注:弁護士)は妻のキャロルに、「辞める」といった。トランプに電話して、辞任すると告げた。「申しわけありませんが、辞めます。大統領が大好きですし、応援します。ご多幸をお祈りします。でも、大統領が私の助言に従わないのでしたら、弁護士をつとめることはできません」
「きみの不満は理解している」トランプはいった。「きみはすばらしい仕事をしてくれた」
「大統領、ほかにできることがありましたら、いつでも電話してください」「ありがとう」。
それでも、機先を制することができたと、ダウドは思っていた。クビになって捨てられる前に、自分から辞任した。

…政治論争、逃げ口上、否認、ツイッター、問題点をぽかすこと、"フェイクニュースだ"と叫ぶこと、いわれのない非難にすぐに憤激すること。トランプにはなによりもひどい問題点があるのをダウドは知っていたが、それを面と向かっていうことはできなかった。"あんたはクソったれの嘘つきだ"(編者注:ここでこの本は終わっています)

「訳者あとがきから」
…このように、トランプは政治・経済・軍事のすべてにおいて、入念に検討して計画を立案するのではなく、衝動的な思いつきで指示を下してきた。ホワイトハウスのプロセスがそういうふうに大きく乱れているのは、組織系統の乱れが原因でもあるだろう。ホワイトハウスの要職には、それぞれの役割がある。国家安全保障問題担当大統領補佐官は国家安全保障と外交を担当し、国家経済会議委員長は経済を担当する。大統領首席補佐官は、大統領にもっとも近い立場で、各部門の調整を行なうもっとも重要な職務だ。
ところが、トランプのホワイトハウスには、スティーブ・バノン首席戦略官、ピーター・ナバロ国家通商会議委員長、トランプの娘婿のジャレッド・クシュナー上級顧問のような、どの組織系統に属するかが定かでない人物がいて、意思決定のプロセスを乱していた。トランプの娘のイバンカも、たえず父親に影響を及ぼしている。彼らは、大統領首席補佐官の調整を待たずに、オーバル・オフィスにずかずかと立ち入って、トランプに直談判する。
要するに、トランプのホワイトハウスには、適切な手順を経て意思決定するプロセスが存在しない…。

関連記事。コーン、ポーターが異議。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-09-12/PEX1CZ6JTSEH01
関連記事。米連邦航空局の業務停止。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/01/24-14.php
関連記事。未来は中国のものとは限らない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55136


(編者注:私の感想文は一言で足ります。米国と同じように、日本でも政治家が悪事の限りを尽くしているのに、日本ではなぜこのような本が出版されないのかということです。森友問題を追及した結果、NHKを退職させられた放送記者がいましたが、その後、メディアで見かけません。「政府に忖度する」メディアから「意識的に排除」されているとしか思えません。因みに本書は、これ以上ないほど読みやすく、麻生某にでも読めるので、新幹線、又は飛行機で出張する時に読んで、帰りに先方に置いてくるのに向いています)