「WTWオピニオン」

【第84巻の内容】

「白い巨塔」
「社会不適応で一括りしたら再発防止出来ない」
「神々の魔術師」
「空母いぶき」
「心の拠り所」
「週刊誌から」
「いじめられるな、いじめるな」
「メーカー、ドライバー、歩行者で議論を」
「在任期間最長のどこが目出度いのか」
「議員を減らそう」


1436.白い巨塔 19/5/28


岡田准一主演の「白い巨塔」(5回連続、最終回は2時間)がやっと終わりました。現代の医学レベルに合わせて、脚本を一から書き直した様子が窺えます。しかし作品の質、とりわけ登場人物の全てにおいて、人間性と心理の描写に不満が残るのも事実です。岡田の他に、寺尾聡の人物と心理描写にも不自然さがあります。結果的に、田宮二郎、東野英治郎の前作には及ばないように思われます。

ストーリーの前半は教授選挙に的を絞っていますが、後半は法廷劇です。天才的な外科医、財前の技術で、難しいすいがんの切除に成功した患者が、直後に(既に)転移していた肝臓がんが原因で死亡します。患者になった柳葉敏郎は、いつもの棒のような演技とは一味変った側面を見せています。学会の準備で忙しい財前は、兆候を示していた患者に対応せず、それが注意義務違反と見なされて法廷に立たされることになります。

しかし財前がどこかの段階で、不可抗力を強調し、謝罪していれば、(小説ではあるが)和解が成立した可能性が高い。でもそうはならなかったのが、この作品の見どころなのに、その肝心な部分が十分に掘り下げられていないので、消化不良が起きるのです。但しファイナルの場面で全てが洗われることになるので、そこは絶対外せないシーンです。ここで、同じ岡田の主演作品、永遠のゼロを比較に持ち出す訳にもいかないでしょう。

本作の欠点は、やはりその脚本だと思います。人物が白と黒に、余りにも単純に色分けされているからです。だから人物の描写に陰影が乏しく、大人にとって「面白い」作品に仕上がらなかったと思われます。盗人にも三分の理という表現は、この作品では適切ではないにしても、映画関係者にしても、野心が諸悪の根源だという割り切りで済ませたいとは思っていなかった事が十分に予想されるので、作品の熟成度合いに不満が残るのです。世の中には、純粋な正義も、純粋な悪もないからです。私見ですが、この映画は、白と黒、敵か味方かで、万事を割り切る安倍政権の姿勢に対する問題的になっていると思います。

隠蔽工作は論外にしても、劇中、がんの転移が懸念された段階で、既に病状は進行しており、転移先が肝臓だったこともあって(実際の医療現場でも)助けることは不可能だったと思われます。しかも主人公が海外出張中なのだから、残りの医師や病院が対応すべきであって、その不備が問われないのはおかしいのです。容体が急変すれば、代理を使ってでも対応すべき緊急事態です。なので、手術そのものには成功している、頼まれ執刀医の、財前に、患者の死亡の全責任を問うのは、論理的にも無理があるのです。患者の死亡の犯人は、病気そのものなのです。

岡田准一は現代の高倉健みたいなもので、悪人には成りきれないようです。では他に誰がいるかとなると、陰影のある医師の役では沢村一樹がベストですが、最強の名医のイメージが強すぎるので、ジェネラル・ルージュで厚生省の役人を演じた阿部寛か、西島秀俊か、思い切って玉木宏か反町隆史といったところなら、もう少し陰影のあるドラマになったのかもしれません。
関連記事。医師が莫大な謝礼を貰える理由。
https://toyokeizai.net/articles/-/283211



1437.社会不適応で一括りしたら再発防止出来ない 19/5/29

またしても悲惨な事件が起きました。今更のように池田小学校の例を持ち出すまでもなく、同じような事件がこれまで何回も繰り返されています。米国でも学校の乱射事件が後を絶ちません。凶器が銃であれ、刃物であれ、無差別殺人事件に共通しているものは、犯人の絶望感・虚無感と、無抵抗な者を怒りのはけ口にしている自分勝手な卑劣さです。その後で自殺する者も多く、個人的な絶望感を清算する事が凶行の目的なら、それは極めて感情的かつ個人的(自己中)な理由であって、せめて無関係で弱い者を巻き込むなと言いたい。自分だけで死んでくれればいいという発言は控えるべきだという意見があることは承知しているが、今度ばかりはそれが国民の平均的な感情でしょう。

常人の感情を超越した「道徳的」な意見は、宗教家(聖職者)か、命掛けで暴力と戦い続けている人間にして初めて言えることなのです。蛮行を弁護する根拠にはならないし、自分と他人の人生の終わり方として、これ以上はない最悪の方法なのです。例え自殺しても、無関係の他人を手に掛けた罪が許されることではないのです。

相模原の介護施設の大量殺人事件も未だに審判が行われていない。でもあの事件も、いかに犯人が屁理屈を並べようとも、実際にしたことは血に狂った狂人の行為となんら変わらないのです。思想的な理由や背景があれば、何をしても許されるという事にはなりません。特に殺傷は絶対に許されない。その上で、単純にテロリストと日本の無差別殺傷犯を比較してみると、両者が決定的に違う点は、個人の広義の「憂さ晴らし」のために、他人を殺傷している点です。政治的、宗教的な大義のための「覚悟」の自爆とは、性質も目的も異なるのです。

日本の大量殺人犯に共通しているのは、ひたすら自分を憐れんで、将来に絶望し、世間に対して怒りを爆発させている点です。犯人が追い詰められ、合理性や人間性を見失うと同時に、精神的な後退現象が起きています。かといって精神的に袋小路に入ってしまった犯人が逃げ込める場所(逃げ込み寺)があるわけではない。相談相手がいるわけでもない。(現代の日本には)そもそも宗教がないに等しい。行事の司祭として存在しているだけです。だから僧侶や神官は悩みを聞いてくるわけでも、(それが本来の役割なのに)魂を救ってくれるわけでもない。かといって都会では、地域や近隣は他人同士、助け合う事もないし、連帯感がある訳でもない。

今回の事件で我々自身も反省しなければならない事は、そういう精神的には荒野のような社会に住んでいるという「事実」に気が付かなければならないということです。そうでないと、これからも同じような、不毛な感情の爆発による突発的な殺傷事件を繰り返すことになるのです。

政治や社会に対する不満があり、政府や警官隊に立ち向かえるような、精神力の「強い」人間なら、自分で運命を切り開くことも出来るし、死ぬまで希望を捨てないでしょう。だから社会に対する不満がいくら大きくても、無差別殺人事件は起こさないでしょう。自分に自信がなく、悪いことは全部他人のせいにし、自分に対しても他人に対しても「無責任」で「弱い」人間だけが、破れかぶれの事件を起こすと考えられるのです。でもそういう「弱い」人間が、形を変えて立て続けに現れるという現実を直視すれば、「生活環境」即ち「社会」にも大きな問題があると考えるのが普通ではないでしょうか。

社会正義が通用しなくなっている、政治家や官僚の犯罪が野放し状態、経済格差は目を覆うばかり。これから先、生活が楽になる確信はなく、せいぜい良くても横ばいという見通ししかない。非正規社員の数が、正規社員を上回るばかりか、大企業でも終身雇用制を廃止しようとしている。これでは庶民が明日に向かって努力する気にはなれません。経済格差が開く一方の独裁政治、社会正義が風化する社会の、どこに私たちは希望を見いだせるというのでしょうか。しかも日本の未来には改憲と、その先に軍国主義が待っているのです。飢えや生活苦で死ななくても心配はいらないのです。なぜなら兵士としてお国を守る、名誉の戦死が待っているからです。

繰り返される無差別殺傷事件はもはや明らかに「社会病理現象」です。社会現象だからこそ、際限もなく繰り返されているのです。悲惨な事件が起きるたびに、政府(と官邸)は、それがあくまで特殊な個々の事件だと決めつけて、犯人の個人的な狂気ですべてを説明し、共通性を分析するは愚か、一日でも早く、国民に事件を忘れさせようとします。理由ははっきりしています。社会不安をあおることを警戒しているからです。

そういう小手先の、臭い物に蓋だけでは、問題の本質の追及も改善もされないので、結果的に、凶行が再発するのです。もういい加減に、悪名高い「ことなかれ」官邸としても、問題の根を断つ努力くらいはしてみても良いのではないか。「合理的な」問題解決のためには、犯人の心理分析も欠かせません。今回は犯人の自殺で、これが出来なくなりました。一体何が彼らを取り返しのつかない自暴自棄の凶行に駆り立てたのか。手記が手掛かりになることもあるでしょう。専門家によるカウンセリングも必要でしょう。

従って事件と容疑者の取り調べで、一番やってはいけないことは、検察が従来の硬直した先入観だけを元に、犯罪の動機を「偏見と独断で」決めつける事です。むしろ彼らに、(皮肉ですが )単刀直入に、どうすれば模倣犯を防止できるのかを、尋ねてみるのもありではないかと思います。
関連記事。登戸で死亡したのは小学6年と、外務省職員。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190528-00000046-asahi-soci
関連記事。計画的に襲撃。
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6324828
関連記事。死傷事件容疑者、近隣トラブルも。
https://www.asahi.com/articles/ASM5X5300M5XUTIL03X.html?iref=comtop_8_01
関連記事。容疑者死亡。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45390300Y9A520C1MM8000/
・認知機能低下なし。

・岩崎容疑者の親族、市に14回相談。
https://www.asahi.com/articles/ASM5Y5JXLM5YULOB01C.html?iref=comtop_8_07
関連記事。男に引きこもり傾向。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190529/k10011933671000.html
コメント:神経症患者その予備軍に対する公的な支援も対策も無いに等しいという事が、これでよく分かります。



1438.神々の魔術師 19/5/30

先日、「予言」と題するWTWのオンライン・オピニオンの中で、グラハム・ハンコックの「神々の魔術」という本を紹介しましたが、原題は少しニュアンスが異なり、Magicians of the Godsです。「神々の魔術師」です。上下二巻に渡り、事実と憶測をだらだらと述べたこの本は、読み続ける事が苦痛になるくらい退屈ですが、提起している問題は重大です。人類の滅亡をテーマにしているからです。今回は原著への興味を損なわない程度に、この本をやや詳しく紹介したいと思います。(編集者注:「神々の魔術」失われた古代文明の叡智、グラハム・ハンコック著、大地舜訳、角川書店、上下巻各1900円)

ところで今回は、信じるか信じないかは読者次第という、お決まりの責任回避の台詞を使いたくありません。なぜなら、信じない自由があるように、科学的な立証が不完全でも、「信じる自由」があっても良いと思うからです。

議論を展開する前に、ハンコックの言う魔術師とは何かを説明します。それは新石器時代に、それ以前の巨石文明を築いてきた者たちの末裔が残っていて、彼らはDNAでも人類に近い存在だったとされています。また彼らは別名「ウォッチャー」(WTWとしては何たる偶然)と呼ばれており、なぜなら氷河期の文明や技術を伝え、人類が道を誤らないように監視する役割を果たしていたからだそうです。なおウォッチャーには2種類あって、彼らは後の時代の聖書では、天使と堕天使として描かれるようになったとも述べています。

この本でハンコックは、トルコの北部に位置する世界最古の巨大遺跡、ギョベックリ・テペを重点的に取り上げています。この遺跡は、年代測定では、ストーンヘンジやギザのピラミッドよりも6千年古いとのことです。その石柱に刻まれた神や動物のレリーフが、インカのレリーフとの間に奇妙な共通点のあることを指摘しています。中でも、神が持っている、複数の鞄(子の存在は初めて知りました。知恵や技術の象徴と考えます)の存在は、素人でも気になるところです。

この本でもう一つの重要な要素が、ヤンガードリアス期です。これは1万2800年前から1万1600年前の1200年間の時代であって、この時期に地球が急激な寒冷化に見舞われ、しかもその後で、急激な温度上昇と洪水が起きたことが、地質学的にも証明されていると述べています。この気候変動の開始と終焉で、共に彗星の衝突が関係しているというのがハンコックの主張です。最初は陸地に落ちて核の冬となり、二回目は海に落下して水蒸気を巻き上げ、温暖化の原因を作ったという説明です。

ヤンガードリアス期には、特に北米では、大型の哺乳類をはじめ、多くの種が絶滅し、人類の一族も消滅するほどの打撃を受けたとされます。そしてインカやメソポタミヤなどの古代文明が後世のために警告を残し、それらが奇妙に一致を示しているというのがハンコックの主張です。そのどれもが、火と水(特に水)による災害を挙げています。

それでは特に原著の結論部分から、一部を抜粋でご紹介します。

…本書の数ヶ所ですでに示唆したとおり、私は直感的に、失われた文明は未来に向けて信号を送ろうとしていると思っている。正碓には、21世紀の私たちに向けてだ。信号を伝える搬送波が歳差の暗号だ。
時を超えて確実に信号が生き残るために、二種類の方法が使われている。
第一に、信号は神話や伝説だけでなく、数学的、建築的な規則としても埋め込まれている。こうすることで、様々な文化に伝わって受け手によって更新され、そのたびに信号が増幅されて、数千年も損なわれることなく維持される。
第二に、特定の巨石遺跡にも信号を物理的に組み込んだ。ギザのピラミッド群のように、目立つかたちで隠したケースもある。地中に埋められたものもある。ギョベックリ・テペのようなタイムカプセルだ。

…2000以上の洪氷神話が太古の昔から伝えられてきているが、多くの点で不気味なほど一貫している。特に、大激変は偶然に起こったのではないと語る。私たちが自らの行動によって招いたという。我々のお互いに対する残酷さ、喧騒やいがみ合いや邪悪な心が神々の怒りを買ったという。
プラトンによれば、アトランティスもそうだった。
私たちは海や雨林を痛めつけている。お互いに憎しみや疑惑を抱き、激しい地域紛争や宗派間の争いで、それが何百倍にも膨れあがっている。何百万の人々が苦しんでいても、傍観するだけで何もしない態度を貫いている。無知から生じる偏狭な人種差別や排他的な宗教にとらわれ、人はみんな兄弟姉妹であることを忘れている。過度の競争心やエゴに駆り立てられて、憑かれたようにモノを生産し、消費する。物質がすべてであり、霊性など存在しない…人間は生物学と化学から偶然生じたにすぎない…と考える人が増えている。
その一方で、私たちは非常に高度なテクノロジーを手に入れた。まるで魔法のようだ。コンピューターサイエンス、インターネット、航空機、テレビ、電気通信、宇宙探査、遺伝子工学、核兵器、ナノテクノロジー、臓器移植……例を挙げればきりがない。そしてテクノロジーが普及すればするほど人間の魂は衰え、「あらゆる無謀な犯罪、戦争、強奪、詐欺、まやかしなど、魂の本質に反することすべて」に手を染めることになる。
文明が回復不可能なほど完全に崩壊したとする。もし本当にそんなことが起きたら、最も生き残る可能性が高いのは誰だろうか。アマゾンのジャングルやカラハリ砂漠の狩猟採集民など、現代社会から取り残された人々ではないだろうか。彼らは物の乏しい暮らしに慣れている。サバイバル術にも長けている。そうなると彼らが大洪水のあとの人類の物語を継続していくことになるだろう。
もしそうなったら、千年後、一万年後の彼らの子孫は不思議の念をこめて語るのではないだろうか。マヤのキチェ族の聖典が「祖先たち」について、次のように語っているように。

彼らは知能に恵まれていた。見渡せば瞬時に遥か遠くまで見ることができ、何でも見ることができ、世界の全てを知り尽くしてしまった。彼らが見ると、瞬時に周りの全てが見えた。彼らは天界のアーチや地球の丸い表面についても熟慮した。彼らは一目で世界を見ることができた。しかし、先史時代の失われた高度文明の記隠によくあるように、やがて「祖先たち」はおごり高ぶり、身の程をわきまえなくなった。そこで彼らの野望を少し抑えようとして、罰が下された。(編集者注:マヤ以前にもそういう文明があったと言っているのです)

ヤンガードリアス彗星が再衝突する最初の可能性は、2025年となる。衝突の一番遅い時期は2325年だ。つまり、それまでは安心できないことになる。だが既に見たとおり、マヤ暦とギョベックリ・テペの石柱43で時代を絞り込める。メッセージに対する私の理解が正しければ、私たちは既に危険区域に入っており、それは2040年まで続く。

…恐ろしい可能性が浮上した。ヤンガードリアス彗星は、遥かに大きな巨大彗星の破片にすぎなかったというのだ。おそらく一時は直径100キロもあった。その彗星は三万年前に内太陽系に飛来し、太陽に捕まって、地球と交差する軌道に投げ入れられた。その後一万年間は大きな変化はなかった。だが、二万年前に軌道のどこかで大規模な「分裂イベント」が発生した。それによって、衝突すれば世界が滅亡する怖れもあった一つの物体が、直径5キロから1キロ以下の複数の破片に変化した。破片は小さくなったとはいえ、どれ一つを取っても、単独で地球規模の天変地異を起こすだけの威力がある。
…「流れ星」は、大気圏で燃え上がり、ほとんどの場合は危険がなく、心配は要らない。だが牡牛座流星群には、遥かに巨大な物質が山ほどある。牡牛座ファミリーの巨大で危険な構成員の中にはエンケ彗星がある。
ほかにも直径1キロ以上の小惑星が100〜200個ほど、牡牛座流星群内の軌道に存在する。私たちが目にしているのは明らかに、きわめて巨大な天体の分裂でできた残骸だ。
牡牛座流星群にはエンケ彗星のほかに、少なくとも二つの彗星がある。エンケ彗星には未発見の同伴者が存在し、牡牛座流星群の真ん中に軌道があると確信している。やがて彗星は内側から爆発し、バラバラに壊れて破片をまき散らす。その一つ一つが彗星になって地球を脅かす。
650万年前に恐竜を絶滅させた小惑星は、直径10キロしかなかったが、それでも地球規模の火災の嵐を引き起こし、世界を永久に変えてしまった。直径30キロの天体との衝突は、影響が最小限で済んだとしても、現代の文明の終わりを意味する。
だからといって希望を失うことはない。悲嘆に暮れて貴重な人生を一瞬でも無駄にする必要もない。氷河期に栄えた文明は、原始的な文化からは魔法に見えるほど高度な科学をマスターしていた、
必要なのは新たな認識だ。私たちは結局のところ一つの種、一つの民族、一つの家族だ。「神」
や「国家」の名の下で殺し合ったり、政治的イデオロギーや利己的な強欲でエネルギーを浪費している場合ではない。愛と調和の時代が来たのだ。それが暮らしのあらゆる面で、恐怖と動乱に取って変わらなければならない。そうすれば人類の未来も保証できる。そのためには、鏡に映る自分の姿を探すのをやめ、宇宙を見上げることを学ばなくてはならない。憎しみや疑いを捨て、資源や知力や才能を出し合って、人類救済のために努力しなくてはならない。
これは同時にマヤ暦が約束していることでもある。マヤ暦は、今日生きている私たちは、人間としての意識の新時代の入り口にいるという。この新時代を誕生させ、その持つ力すべてを発揮させることができれば、ヤンガードリアス彗星の破片を防いで、地球を荒廃から守ることなど子どもの遊びだ。その過程で、一万2000年以上の歳月のあと初めて、私たちが本当は何者なのかを発見するだろう。
選択するのは私たちだ。

コメント:2020年の東京五輪が開催出来ないというイルミナティの予言がある(但しカードはセットで8万円もする)ので、彗星衝突の可能性はあるが、2020年は直下型地震、もしくは富士山の噴火の可能性の方が高いと思っています。但しこれについては、それこそ信じるか信じないかは読者次第です。




1439.空母いぶき 19/5/31

一般人と言えども、情報武装をしないと明日の我が身は分かりません。そのためには政府の下請けメディア(特にNHK)に情報をお任せするのは危険です。いつの間に政権の都合の良いように、世論を誘導されているからです。どこまで出来るかという問題はあるが、自分で情報を取りに行くべきなのです。その時間の無い方はWTWをご利用ください。

昨日、遅ればせながら「空母いぶき」を見てきました。はっきり空母と言っており、しかも攻撃型であることを認めています。しかし実際に映画を見てみると、最近ネットで騒然となった、佐藤浩市をこきおろすネトウヨの気持が理解できませんでした。現在のリアルな安倍首相からは想像も出来ないくらい、平和主義者で、しかも高潔な人物として描かれていたからです。しかもなんと「平和憲法の守護者」なのです。

正直言えば、私も自衛隊の装備レベルがどの程度のもので、いかなる戦闘を展開するのかに関心がありました。主役も空自出身の艦長役の西島秀俊と、海自出身の副長役の佐々木蔵之介です。現代戦がどのように展開するかは予想と違いませんでしたが、期待していなかった制作方針として、最後まで一つの哲学を死守していたのが、ある意味「ご立派」でした。
それは自衛のための「戦闘」はしても「戦争」はしないという信念です。この違いはよく分からないが、戦闘は軍事力の衝突、戦争は一般国民を巻き込んだものという区別のようです。

それでも「専守防衛」がテーマの自衛隊映画の傑作、亡国のイージスから大きく一歩を踏み出しており、この映画は手放しの「自衛隊万歳」映画です。だからこそ、似非愛国主義者や国家主義の観客が、佐藤浩市を批判すれば、それはとりもなおさず、安倍首相をけなすことになり、天に唾する行為となるのです。

原作は「沈黙の艦隊」のかわぐちかいじの劇画であり、ぎりぎりのところで専守防衛の一線を守った形です。楽屋落ちで面白かったのは、「亡国のイージス」で北の工作員を演じた中井貴一が、中年のコンビニの店主を演じている事です。

それでもなお、私が言いたいのは、人命の損傷を伴うがゆえに、戦争は無論の事、戦闘(小競り合い)も避けるべきだということです。米国の記事を一読願います。
映画公式サイト。
https://kuboibuki.jp/
関連記事。芸能人の政権批判に寛容な米国。
https://toyokeizai.net/articles/-/283844
関連記事。トランプ来日中、イージス艦を視界から隠すよう、ホワイトハウスが指示。忖度。
https://this.kiji.is/506754170883064929?c=39546741839462401
関連記事。日米安保体制、一体化の度が過ぎる。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019053002000190.html
関連記事。空母いぶきをお勧めできない理由。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/06/post-12277.php

・正体不明機二機が長野上空を低空飛行。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190531-00353372-sbcv-l20
コメント:いよいよ小競り合いが始まったのでしょうか。

・米軍偵察機が韓国上空を異例の飛行。
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6325213

・どうすれば戦争せずに国を守れるか。かわぐちかいじ。
https://www.asahi.com/articles/ASM5W56DDM5WUCVL00W.html?iref=comtop_list_cul_n05



1440.心の拠り所 19/6/1

私事で恐縮ですが、自分は一応天文ファンの端くれと自認しています。最近ではデジタルカメラの進化(画素と感度の増加。但しフルサイズは未だに高価)と、高性能でリーズナブルな超望遠レンズが販売されるようになったので、10年前に比べて天体写真が、気楽に撮影できるようになりました。それでも惑星の表面を観察したり、撮影するのは難しく、それだけは天体望遠鏡がなければ無理です。

天体写真は風景写真と次元が異なり、露出時間が長く、ピントが極端に浅く、良質の三脚を必要とします。しかも撮りっぱなしでは駄目で、後で複数の画像処理が必要であるなど、手間が掛かります。無論、雲があれば駄目で、なかなか満足できる写真は撮れないし、失敗すれば次のチャンスは1年後という場合もあります。

ところで、月や惑星や星座の位置を確認するには、毎年発行されている天文年鑑が便利です。私は僅か千円でこれだけ必要なデータがぎっしり詰まっている、お買い得な本は他にないと思っています。

WTWでは時折、天体や山の素人写真を、冒頭で掲載していますが、万人が関心を持つ対象ではないので、掲載期間は原則1日にしています。天文ファンの特徴は、夜を恐れないことと、これだけ写真を撮影していても、何故かUFOには遭遇しないことです。但し私はUFOの「存在」というより、「目撃」を信じています。なぜなら目撃者に嘘をつく理由がないからです。

さて、NHKをはじめ、今週のニュースは連日、登戸の殺傷事件一色です。無論、犯人がどうして凶行に及んだのかが興味の焦点ですが、情報が極端に少ないのが今回の事件の特徴です。

本事件で、私にとって最大の疑問は、何故両親が離婚した時に犯人を見捨てたのかです。そして彼らは今、どう感じているかです。犯罪者は不幸な家庭、即ち愛情の無い家庭で育つことが多い。ということは自暴自棄の犯罪を減らすためには、身勝手な、或いは我慢の足りない離婚を減らすことが、犯罪者を減らす決め手になるのではないかと思っています。人間が生きて行くには、愛情を決定的に必要とするからです。それは精神の栄養なのです。

しかしDV等、離婚にはやむを得ぬ理由もあるでしょう。その場合は引き取った方の片親が去った親の分まで、愛情を注ぐことで救われる場合があります。でも親を失うことで、気持ちの拠り所を失った子供は、どうやって生きていけば良いのでしょうか。

作家の井上ひさしは、キリスト教系の孤児院で牧師(無論男性)に育てられました。その様子は「モッキンポット師の後始末」というデビュー作の小説に描かれています。牧師が親の代わりに愛情を注いだので、井上は正常に育ちました。ところで昔の文学賞はこれという作家に与えられました。しかし最近の「受賞者」のレベルの低さは、いささか閉口です。

世の中がこうも乱れて、自分さえ(或いは自国、或いは民族)さえ良ければそれでいい、他人の事など知ったことか(トランプを見よ)で、政治でも行政でも企業でも、嘘や不正が大手を振ってまかり通る背景に、他ならぬ人心の荒廃があり、それが倫理観、正義感、愛他精神の欠如に結びついて、「悪の華」を花開かせることになったのではないか。

本来愛他的だったイスラム教も、自爆と無差別テロの理由に(都合良く)使われています。心の拠り所を無くした者たちは、心の隙に入り込まれてマインドコントロールされ、自暴自棄になって無差別殺傷や自殺に駆り立てられる。人生の目的も、人間の価値も見失った者たちが地上に溢れることで、救いのない世界になってしまっているのです。

しかもいまや宗教はその本来の機能(愛他と救済)を発揮していません。融和的で相互理解と愛情豊かな宗教の代わりに、排他的な原理主愚(オウムを含む)や、偏狭な福音主義や、新興宗教が、「宗教の名を借りて」はびこっています。そういう荒廃した(精神)世界に我々が暮らしているという事実に、そろそろ気が付いても良い頃なのです。安倍政権が支配する現代の虚しい日本には、経済的な不平等に加えて、精神的な充足感は皆無なのです。

日本の国民は、改元や五輪で、ええじゃないかと喜んでいれば良い、それで満足せよとでも言いたいのでしょうか。ところがいまの国民にあるのは将来への獏たる不安だけなのです。その不安が、国民の無力感と虚無感を助長し、自暴自棄の犯罪の温床になっていると、私は思うのです。

私は今こそ、金集めが目的の新興宗教(韓国には悪例がある)ではない、自分も他人も尊敬する本物の宗教や信仰が必要とされ、大きな力となる時代に来ているのではないかと考えます。欲に裏付けらえた人間性の荒廃(それこそが正に悪)に対して、包容力と善意(それこそが善)で心(製品)に希望と温かさや潤いをもたらすことが求められているのです。悪に立ち向かう時に必要なのは暴力(含む武力)ではないのです。「精神的な」強さと愛他精神です。そうした「充実感の伴う」善の力が、人類の精神的な退廃と滅亡(まさに悪魔の目標)を食い止める事になるのではないか。

しかも、宗教や信仰、言い換えれば生きる為の(人生)哲学を、現代的な価値で見直す時に必要なものは、人類が1万年の歴史で培ってきた理性と科学と哲学です。それらきちんと機能すれば、発作的な感情の暴発に対する抑止力に成り得るのです。如何なる宗教、信仰も、現代的な基本的人権を侵すことがあってはならないのです。

話を殺傷事件に戻すと、一連の報道では、最も重要な点が欠けています。それは、追い詰められ、孤独と恐怖で行き場を失った者たちが、どうすれば自分の人生を受け入れ、或いは自分が社会に受け入れられて、結果的に、凶行を回避できるのかという「対策」です。今回の事件も、NHKのように一篇のホラーストーリーとして片づけてしまえば、またいつの日か同様の悲劇が繰り返される可能性が高いのです。

何度も何度も悲劇が繰り返されているのに、日本政府も国民も、少しも事件から「学ぼう」とはしません。異常な犯人の、特異な事件として片づけてしまいます。しかし臭い物に蓋をし、事実を見て見ぬ振りをして、やがて事件があったことさえ忘れてしまっても、問題の解決、即ち再発の防止にはならないのです。

しかも犯人を責めるとともに、いかに遠回りでも、自分の人生、自分の精神や魂と、正面から向き合う事を、皆でやり直さないと、遠からず人類は自滅を避けられないのかもしれないのです。何故ならお互いがいがみ合っていれば、戦争がいつ起きてもおかしくないからです。今回の殺傷事件も、実は21世紀になって広がり始めた「金銭欲」と「排他主義」(含む自国主義)そしてその結果が生んだ国民(人間)の孤独と絶望感という巨大な氷山の一角に過ぎないのではないかと思う次第です。
関連記事。3か月以上前に刃物購入。
https://www.asahi.com/articles/ASM5076GLM50ULOB028.html?iref=comtop_8_01
関連記事。ためらわず自分に包丁。
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6325215
関連記事。引きこもり当事者、報道懸念。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190531/k10011936561000.html
コメント:赤狩りや魔女裁判はご免です。



1441.週刊誌から 19/6/2

5/31深夜の朝ナマは見るところがありませんでした。野党の論客(立憲の長妻、国民自由の森ゆうこ、共産の田村智子)と比べた時の、米国追従一辺倒の与党の論客の知性と品性の卑しさだけが目立っていました。ゴミの足立(維新)が出ていたのにも驚きました。与党の論者の言い分は、強い相手にゴマを擦ってどこが悪いというものでした。何たる情けなさ。これでは貿易交渉以前の国家の品格の問題です。米国ではこういう姿勢をケツナメ(キス・マイ・アス)と呼んでいます。
関連映像。
https://www.youtube.com/watch?v=te9G7C6tcAk
関連記事。国賓トランプ、英はデモで出迎え。
https://this.kiji.is/507445843545949281?c=39546741839462401
コメント:それが民主主義国の市民感情というものです。


週刊朝日と週刊文春はなるべく毎号読むようにしています。両誌ともに、今週号には読むべき記事は殆どありませんでした。週刊朝日で毎号、必ず目を通すのは、田原総一朗と室井夘月のコラムです。後者では、特定のツイッターを見よと強く勧めていました。それは@yumidesu_4649というツイッターですが、このゆみなる人物はどういう人なのかさっぱり分かりません。どうやら福岡在住の女性らしいが、私は正体の分からない匿名の個人とのお付き合いは控えさせて頂いているので、基本的に責任は持ちかねます。それでも関心のある方の為に、「室井に代わって」、サイトの紹介だけさせて頂きます。直接サイトに飛べるのが、ネットメディアの便利な点です。
https://twitter.com/yumidesu_4649
これは私の憶測ですが、室井が見せたがっていたのは、爆問の太田と安倍総理の改憲の議論のシーンで、総理がイラク戦争で「戦争は辞さず」と述べていた箇所ではないかと思いますが、説明がないのは、室井の無責任です。なお、このツイッターの別の部分で、朝ナマの森ゆうこの発言も紹介されています。

一方、週刊文春では、枝野を徹底的に批判しています。その記事の一部を紹介します。
…「安倍さんのうちは政権を取れないからと投げ出し、むしろ今、枝野氏の頭にあるのは、小沢氏も合流した国民民主党を焼け野原にする事です」
…静岡選挙区でも、現職の国民の議員に対して、対立候補を立てた。東京選挙区でも、あまり評判の良くない元朝日新聞の記者をぶつけている。
…「野党共闘が進まないことが結果的に安倍政権を利している。そういう姿は世の中にも見透かされていて、安倍政権は堅調で野党の支持率はジリ貧になっている」
実際、立憲の支持率はピーク時の14%から3%にまで落ち込んでいる。
…政権奪取より、国民民主潰し、そしてカラオケに夢中な野党第一党党首。枝野氏の姿勢に、旧民主党のブレーンは嘆息する。
「大きな敵を見据えてやってもらわないと。今の安倍政治を見ても、本当に悔しいと思っていないところが一番情けないと思う。石にかじりついてでも、今の政権を倒すために死に物狂いで闘うっていうのが、政治家のはずなんです」


【気になる記事】

・自民、解散風発言で見方交錯。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019053101190&g=pol

・日米貿易密約が選挙の争点に。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019060100401&g=eco

・記者質問巡り官邸にカイゼン求める。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201906/CK2019060102000124.html
コメント: ポスト安倍候補としては、明らかにマイナスイメージなのに、菅は自分の失投に気が付いていないらしい。辺野古の工事の強行もあるし、こんな人が首相にでもなったら日本の民主主義は目も当てられません。安倍内閣にはろくな人間がいないし、安倍政権の、改元や接待外交や五輪の「化けの皮」(清盛の、鎧の上の袈裟)を早く剥がすべきです。

・特捜検察に負けない闘い方。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56573



1442.いじめられるな、いじめるな 19/6/3

  ・参院選、このままでやったら野党は全滅。小沢。
https://www.asahi.com/articles/ASM626VDFM62UTFK00L.html?iref=comtop_latestnews_03
コメント:6/2の田原の激論クロスファイアーでも、小沢は同じことを言っていました。国民民主を潰して、立憲だけ残るという筋書きはあり得ないと述べています。枝野は、選挙は福山任せにしているが、福山で選挙に勝てるわけはありません。そもそも各地を全く回っていない。勝つつもりがないのなら最初から選挙に参加しなければいいのです。私は枝野の現実逃避は精神疾患によるものではないかとさえ疑っています。

・LINEでいじめ。
https://www.asahi.com/articles/ASM624W3CM62UTIL00H.html?iref=comtop_8_01
コメント:ネット社会の負の側面という以前に、正義感、倫理観、人間性の問題です。いじめを楽しむ、人間の皮を被ったミニ・モンスターたちを、彼らと同じ論理で批判すれば、「陰湿で根暗で執拗ないじめを繰り返す者は、どうせ将来ろくな者にはならないから、スマホを取り上げて、早めに矯正施設に入れた方が良い」ということになります。

自分の言葉に責任を持つ気がない者に、ネットやメールを使う資格はないのです。その辺の草でも…、いや下手な字で、葉書でも書いていればいいのです。自殺に追い込んだ少年少女は、被害者側から実名を公表されても文句は言えません。人の命を奪ったからです。そうなれば間違いなく、進学、就職にも支障が出ることになるでしょう。

それが嫌なら、幼稚な攻撃を止めなければなりません。そもそも誹謗中傷は、自分が卑しい人間で、人でなしだと自分で公表しているのと同じことなのです。少年にスマホを持たせるという事は、使い方の分からない凶器を持たせるのと同じであって、子供が拳銃を持つのと変わらない(だから自分を傷つける事もある)という認識が、世間では余りにも不足しているのです。

行政としても、ネットの専門家による対抗策の指導や、ネット駆け込み寺、学生や児童の為の名誉棄損の告発の仕組みも必要です。私はそれだけでも、青少年の自殺を大幅に減らせると思っています。一方で被害者、加害者を問わず、心のケアが必要で、そのためのコンサル(ボランティアでも可)が有効です。

彼ら(双方)に必要なものは、孤独と絶望や虚無感ではなく、不正や非道と戦う勇気と、生きる希望なのです。

こういう時こそ役立つべき宗教や信仰が、国家主義や排他主義の言い訳にされるだけで、正しく機能していないというのも、世界的な問題です。宗教はその本来の役割、愛と救いの窓口、を果たしていないように思われます。言い換えれば、21世紀の世界は神(信仰)がいなくなったとも言えるのではないか。

悪魔と言うと仰々しいが、21世紀のルシファーは、ことさら人々に悪事をそそのかしているわけでもありません。その必要はなく、人々の心から、倫理観と愛他精神を取り上げただけなのです。その結果、人間がお互いを信用しなくなり、生きる意欲を失っているのです。人生から「意味」を取り上げ、その代わりに「虚無」を与えたのです。端的に言えば、人々の心を「空っぽ」にしたのです。でもそれだけで十分なのです。そうすれば、人々は極度に周囲に無関心になり、或いは自分の世界に閉じこもり、やがては他人と自分を傷つけ、放っておいても自滅してゆくからです。

魂を救う為にある宗教が、真逆の、無差別殺傷、即ち自爆テロの正当化に使われています。人は祈ることさえ忘れてしまっているようです。とは言え、私を含む現代社会の国民は、今更、お坊さんの有難い説法を聞く気にもなれないでしょう。即ち、現代人にも受け入れられる形に、宗教も変化し、教義を見直すべきなのです。但しそれらは、金集めの偽宗教や新興宗教とは違うもの(本物)でなければならないのです。

聖職者や教師の無策と無力だけではなく、友人、同僚、保護者を含め、「傍観者」も、結果的にではあれ、間接的に犯罪に手を貸しているのと同じことになります。でも私は、加害者や関係者に制裁や厳罰を求めている訳ではありません。言いっぱなし、やりっぱなしが通る、自らの言動に責任を持たず、それで何かあれば、それは全部他人のせいにする、そういう社会的な風潮こそが、犯罪と悲劇の温床だと申し上げたいのです。その風潮が悪(魔)なのです。虚しさがはびこるのも、現代社会が生きにくく、人生に価値を見出せないからなのです。

身近な例で言えばスマホを見ながら信号を渡り、障害物さえなければ、自転車で平気で赤信号を突っ切るようなありふれた風景の中にでも、身勝手(=自分ファースト)な行為を当たり前とする無責任さがあります。自分しかこの世に存在しないかのような、究極の自己中、そしてその結果としての虚無感、存在感の無さが、最近の悲劇の温床になっているのではないか。生きることに価値を見出せず、人生が虚しければ、自分と他人の命には意味がないからです。

そして、誰とは言わないが、政治のトップに立つ者(自分で忘れないように、自分が国の代表だ、首相だと、事ある毎に繰り返すのだから、多分そうなんでしょう)が、あれだけ政治と法を私物化して、とことん横車を押し通しているのだから、下々の不正だけを責めるわけにもいかないのかもしれません。

・元農水次官、迷惑かけたくないと思った。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45589540S9A600C1CC1000/
コメント:思い余っての事でしょう。これもまた悲惨な事件です。大人の引きこもりが61万人もいると言います。登校拒否の児童も大勢いるでしょう。彼らが精神的に参っている事だけは確かです。そして社会への不満が募れば、それがいつか予期せぬ形で噴出すこともあり得ます。

世間に迷惑を掛けたくないという、親の気持は団塊の世代なら理解できるでしょう。今回の事件の問題は、親も子も、問題を一人で抱え込んでしまい、またそうならざるを得ない状況にあったことです。それは精神的に追い詰められた、普通の人間を救う仕組みが存在していないからなのです。

手っ取り早い方法としては、座禅などの仏教の仕組みも使えると思います。また短期のキャンプなど、同じ趣味の者同士の共同生活が有効だと思います。漫然とした共同生活には参加もしないでしょう。引きこもりは、百害だけなのです。息が詰まるだけで、孤独は決して救いにはならないという事をまず理解する必要があります。

自ら心の扉をあけて、家から一歩外に踏み出すことが出来れば、道は開けるのです。また当面、友達が出来なくても、相談に乗ってくれる人がいれば、気持ちは随分楽になるはずです。自分一人で煮詰まっていても、解決にはならないのです。しかもそれは親にも子にも言えるのです

人間に必要なものは、気持ちのはけ口と、仲間なのです。人間は社会的な動物です。だから人を救うのは神(一対一)ではなく、人間(一対多)なのです。




1443.メーカー、ドライバー、歩行者で議論を 19/6/4

・ブレーキ踏み間違え。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190603/k10011939651000.html
コメント:またかですが、そもそもバックで出る事が間違っています。バックギアは最もギア比が低く、だからちょっと踏んだだけで、車が飛び出しやすい。しかも後方は首を回さないと見えない。あまつさえ、車がバックを始めているのに、車がよけてくれるものと決めつけて、人は平然と車の直後(または直前)を横切る。自転車も突っ切る。いつ事故が起きても、少しも不思議ではない道路状況なのです。
メーカーには不本意かもしれないが、ユーザーは事故車の車種を知る権利があります。国交省も形式認定をしている以上、車種別事故「率」を公開する義務があると思います。メーカーとドライバーと歩行者(行政)の3者が垣根を越えて、問題解決に向けて協力しないと、何でもかんでも高齢者の認知症で片づけられてしまって、事故の本質が解明されず、結果的に事故が減らないと思います。




1444.在任期間最長のどこが目出度いのか 19/6/7

流石NHKです。安倍首相の在任期間が過去最長になったことを、午後7時のニュースで延々と流していました。あたかもそれが、国民挙げて祝うべき、目出度い事でもあるかのように。この報道は放送事故に限りなく近いものでした。なぜなら、格差と経済的な締め付けにあえぐ多くの国民にとって、安倍長期政権は、大災害(人災)以外の何物でもないからです。
最近のNHKの報道には批判精神のかけらも見られません。言葉を変えて言えば、政権があからさまに報道に干渉し、それを隠そうともしていないということです。NHKは安倍首相万歳報道(ハイル・ヒットラーと同じ)を、一体どこの誰が喜んで見ていると思っているのでしょうか。何という時代錯誤の放送局。昭和どころか大正時代から少しも進歩していません(大本営発表)。そしてもういい加減に、国民に仇成す獅子身中の虫、小池報道局長が会長に昇格する前に、放逐して頂きたい。
公共放送の経営幹部と経営委員の人事に政府が介入するなど、欧米のジャーナリズムでは絶対に考えられない。だから報道の自由度で、日本が国連から指摘されることになるのです。
公共放送ならば、幹部と経営委員は国民が選ぶのか、せめて国民審査が出来るようにするべきです。最高裁判事と同じか、それ以上に国民生活、特にその投票行動に、大きな影響を与えるからです。
報道の自由を守ることが、国民の知る権利と、民主主義の精神、平和憲法の精神を守ることになるのです。
関連記事。2千万円貯金問題で野党反発。
https://www.asahi.com/articles/ASM6652Z2M66UTFK00S.html?iref=comtop_list_pol_n03
コメント:平均的な国民の何処にそんな貯金があるというのでしょうか。しかも財政赤字で、赤ん坊にいたるまで、一人一人が867万円もの国の借金を背負っているのです。
アベノミクスの株価を支えるために、国民の理解も了解も得ずに、政府の独断で年金基金が莫大な量の株を買いました。株価は必然的に上下するから、大損も出した。ところが通算すればプラスだから間違っていないと言い張りました。通算は、対象時期を動かすことで、いくらでも操作できるから、これも嘘と隠蔽の一つです。
株式投資で大損をこいても、代表は絶対に責任は取りません。政府も年金は減るのが当たり前だと言わんばかりの開き直りです。運用の目的は、年金基金を増やして、年金への配当も増やすことが目的です。「損を覚悟で」アベノミクスを支えるための株を買う資金として存在しているわけではないのです。
本来の目的を考えると、運用で失敗して損を出したら、その途端に代表者はクビになるべきなのです。ファンドマネージャーが運用でしくじったら、証券会社にはいられなくなるのと同じです。
最近では、TVで某首相のへらへら笑いを見ると、虫唾が走るようになりました、「こやつ」のお陰で年金が目減りしていると思うからです。
運用組織の代表には、超のつく高給で役人が天下る。国民が文句を言わなければ、いや知らないことをいいことに、自分たちの権益の為に、やりたい放題の行政(その長は誰でしたっけ)。醜い日本の政治と行政の姿がここでも見られます。

・三大隠蔽、年金・日米交渉・実質賃金。
https://this.kiji.is/509303819093050465?c=39546741839462401

・なぜ日本では、世の中への報復がテロではなく通り魔を生むのか。
https://www.newsweekjapan.jp/mutsuji/2019/06/post-65.php
関連記事。池袋駅、千円の恩。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201906/CK2019060602000278.html
コメント:国民レベルで善意の輪が広がれば、この殺伐とした世相も少しは良くなるのかもしれません。

・プーチンが日米同盟に懸念。平和条約の早期締結は困難。
https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2019060601002042.html
コメント:安倍首相が外交で成果を挙げるなどとは、誰も期待してはいないでしょう。



1445.議員を減らそう 19/6/8

・メイ、与党党首辞任。後継は強硬離脱派ジョンソンがリード。
https://www.asahi.com/articles/ASM672VDCM67UHBI00C.html?iref=comtop_8_02
関連記事。英下院選、労働党が議席維持。
https://jp.reuters.com/article/britain-eu-peterborough-idJPKCN1T807G
コメント:私は英国の議会政治が理解できません。民意は明らかに「離脱の見直し」に動いているのに、議会が再投票に同意しないからです。前回の国民投票から時間が経っている事や、議会の紛糾を見て、民意を再度問うのが英国民と英国の最大利益で、民主主義のあるべき姿ではないのか。政党の存在を誇示する事が目的の、勝つまでじゃんけんの大阪都構想とは違うのです。民意を推し量るヒントとして、一昨日の下院選ではブレグジット派を抑えて、労働党が議席を維持しているのです。
議会の混乱というより、むしろ無力化という意味では、日本も同じ状況です。結論から言えば、それは自民党の議員が多すぎるからなのです。寄らば大樹(安倍?)の議員は、本来不要な議員なのです。しかも日本の政治は、自民党と安倍政権の都合だけが優先されています。改元も利用し尽くしたし、トランプ訪日も利用した。それもこれも、安倍政権が延命し、日本を軍事大国にする改憲が目的なのです。
その背景となっている気分(ムード)は、国家主義(要するに右翼)と孤立主義で、それがブレグジットに通じます。議会政治が正常に機能していないという点では日本は英国以上です。しかもはっきり申し上げて大臣と陣笠(古い!)を問わず、「クズ」が沢山混じっています。議員が減れば一人一人の言動や政治的判断に国民の目が届くようになり、議員も自分の主張や言動には気を遣うようになるでしょう。だからこそ、私はまず、(とりわけ自民党の)議員数の半減を提案したいのです。
若し疑問も感じないというのであれば、一度国民に議員数が今のままで適正かどうかを(NHKが)問うてみればよいのです。多すぎるという意見が大半を占めると確信します。議員定数が多いのは、小選挙区制にも問題があります。しかも一人区では、与党が圧倒的に有利なのです。何故なら人間は基本的に安定という理由で、現状維持、即ち保守を選ぶ傾向があるからです。だから現在の選挙制度では、自民党議員が増えてしまうのです。
リベラルは国家レベルで大局的にものを見る(ことが出来る)ので、本来は全国区向きなのです。選挙区を小分けにし、地域密着型にすればするほど、議員は狭い地域の利益代表になってしまうので、大局的な見方が出来なくなります。しかもそのために参議院があるのです。衆議院を地域代表にしたいのなら、せめて参院選は道州制か、全国区にするのが、民主主義のバランスを取る為にも、あるべき姿だと思います。
なので、選挙区の区割りと議員定数は、議会政治、民主政治似おける民意の反映という意味で、最重要事項なのです。
それなのに、国会中継で顔を見る議員の何十倍も、顔も名前も知らない議員がいて、しかも一人一人が年間2億の税金を使っているのです。皮肉なことに、問題の丸山議員は、知名度の高さでは今やダントツです。話題になる議員の陰にいる「無名」の議員達は、国民から見れば、国会で安倍政権の政策に賛成の挙手をする以外は「何もしていない」のです。
NHKは議員数を世論調査で問う事はしないのに、内閣支持率だけは頻繁に発表しています。これは政府からの要求もあるからでしょう。しかし最近一切の国会中継を拒否しています。いわば国会と国民を中継するどころか、むしろ遮断する役割を果たしているのです。民放にも国会中継の権利を与えるべきです。そのくせ政府主催の改元祭りとトランプ祭りの報道は、滅茶苦茶熱心でした。司法が安倍政権の犬なら、NHK(報道)は安倍政権のオウムです。ちなみにオウムのリーダー的存在、小池報道局長でアクセスしたら以下の記事が出てきました。風貌は世耕大臣に似ていますが、目は丸山議員(目が飛んでいる)に似ています。

関連記事。みなさまの声より、官邸の声。忖度放送。
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/04230558/?all=1
関連記事。NHKは誰のために忖度を繰り返すのか。
https://president.jp/articles/-/27153?page=2